オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ウンベルト・D』

Umberto D., 88min

監督: ヴィットリオ・デ・シーカ 出演: カルロ・バティスティ, マリア・ピア・カジリオ

★★★

概要

年金暮らしの元公務員が家賃を払えない話。

短評

大変に気の滅入るネオリアリズモ映画。一人の人間が為す術なく困っている姿を見るのはやはり辛い。ネオリアリズモの反動からなのかイタリア映画界の次の潮流がコメディに偏ったのも頷ける話である。今だと「年金に頼らず人生設計しろ」と自己責任論者が湧いて出そうな話なのだが、当時もいたのだろうか。自分の人生が袋小路に入って覚悟を決めるも、愛犬の行く末が気になって死に切れない心情描写が胸に迫った。「D」はミドルネームのドミニコ。

あらすじ

30年間勤め上げた仕事を退職し、年金暮らしの元公務員ウンベルト・Dフェラーリ。月18,000リラの年金の内、10,000リラが家賃へと消える苦しい生活を送っている。支給額増額のデモに参加するも警察に散会させられ、大家の女からは家賃滞納を理由に立ち退きを迫られる。時計や本を売ってなんとか金策しようとするウンベルトだったが……。

感想

金策の甲斐なく立ち退きを求められ(大家はウンベルトを追い出して恋人と暮らしたいという事情あり)、人生に絶望したウンベルトが愛犬フライクと心中を図る。しかし、フライクの方は飼い主の都合なんかで死にたくなんてないわけで、動物的本能で逃げ出した犬のおかげでウンベルトも命拾いする。なんとか仲直りしたフライクとウンベルトが戯れて終劇である。

これがどうにもハッピー・エンドだとは思えない。ウンベルトは元より慎ましい生活を送っていたわけで、他を全て諦めて“ただ生きていく”ことだけに集中しても状況が改善するとは思えないのである(例外があるとすれば最後に残されたプライドを捨てて物乞いをするくらいだろうか。これも“ハッピー”ではないだろう。帽子を咥えたフライクは可愛かった)。本作には世間の世知辛さがこれでもかと描かれており、彼が社会の中でいかに孤立した存在なのかを思い知らされる。どうにも救いがない。いっそ死んでしまえた方が救われたのではないかとすら思わされる。チャップリンなら「それでも笑顔で」と笑ってくれるのかもしれないが……。

何度となく映るウンベルトの背中の悲しさである(アパートを立ち去る時の影も)。ローマの街は美しく、本人の身なりもしっかりとしているのに、どうしようもない哀愁が漂っている。大家になけなしの金を払おうとするも彼の誠意が伝わることはなく、友人に無心するも「バスに乗らないと」と逃げられる。彼の窮状を理解できないのか、理解していても知らない振りをする方が自分のためだと思っているのか。「金の切れ目が縁の切れ目」というのは、思っていた以上に残酷な言葉なのだと感じた。

フライク以外にウンベルトが交流を持つ唯一の相手、大家のメイドのマリアちゃん。ナポリフィレンツェの二人の男と関係を持ち、どちらが父親か分からない赤ん坊を身籠っている。人間的な温かみを感じさせてくれる貴重な存在だったが、彼女の行く末もどうなることだろう。彼女がメイド服を着ていると魅力が普段着から倍増していて、衣装の力は凄いと思った。男が衣装の力を借りられるのはスーツのはずだが、頭が大きく脚が短いと似合わなくてどうしようもない。辛い。

ウンベルトD (字幕版)

ウンベルトD (字幕版)

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