オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『西部戦線異状なし』

All Quiet on the Western Front, 156min

監督:デルバート・マン 出演:リチャード・トーマス、アーネスト・ボーグナイン

★★★

概要

第一次世界大戦西部戦線に送られたドイツ兵の話。

短評

「あれ?古い映画のはずなのにカラーだ」と思ったら、1979年のリメイク版だった。観たかったのは1930年のオスカー受賞作(未見)の方なのだが、せっかくなのでそのまま観てみた。テレビ映画としては戦場のクオリティが驚く程に高い一作だった。意気揚々と戦地に乗り込むも、砲撃音にビビり倒し、やがてそれにも慣れて一人前の兵士となるが、一人、また一人と死んでいく。兵士目線での戦争の虚しさがよく出ていたと思う。多少間延びした感じも、「いつまで続くのか分からない」という兵士の心理状態と結びついていたということにしておこう。

あらすじ

第一次世界大戦中、教師(ドナルド・プレザンス)に「神と祖国のために義務を果たせ」と煽られ、クラスの全員で軍に志願した18才のドイツ兵たち。その内の一人、絵画を愛するポールが入隊から現在までを回想する。過酷な訓練を経て戦地に乗り込んだ彼らは、古参兵で班長のカットから戦場で生き抜く術を学ぶ。しかし、一人、また一人と負傷や戦死していく。

感想

本作の中で特に印象的だったのは、主人公ポールが負傷し、療養休暇で一時的に故郷へ帰るシーンである。ここで彼は母に(自分が破り捨てるので)読まれない手紙を書くのだが、「今の自分は昔の自分ではない」「兵士になった」「本当の家(=戦場)に戻る」と記述している。この手紙を書くに至る前に、父は軍服を着た息子を友人に見せて自慢したがり、その友人たちは「大局的に判断しなきゃいかん」と知ったようなことを言い、戦場を知らない教師が相変わらず無責任に戦意発揚しているのを目にしている。この違和感である。『アメリカン・スナイパー』のクリスも帰国時に自分と周囲の意識の差に戸惑い、取り憑かれたように何度も戦地に向かっていた。兵士を苦しめるのは、死と隣り合わせの戦場だけではないらしい。

もう一つ印象的だったのは、ポールがフランス兵をナイフで殺害するシーン。銃や手榴弾で殺すのとは“実感”が異なるらしい。彼は、苦しむフランス兵にとどめを刺さず、助けようとさえするが、うめき声を上げながらフランス兵は事切れる。ポケットから写真が出てきて、彼も家族を想う同じ人間であることが分かる。戦場で爆殺、射殺される者、負傷して病院で死ぬ者。本作には多数の戦死者が出てくるが、このフランス兵の死が、“人を殺すこと”を最も意識させた。

イアン・ホルム演じるヒンメルストス伍長。故郷の町で学生たちからバカにされる郵便配達員時代は気の毒だったが、その憂さ晴らしとばかりに教官として過酷な訓練を課し、反撃(=尻バット)を食らう。無意味に過酷な訓練が上層部にバレて前線へと送られ、偉そうにしているのに戦場ではビビって窪地から動けない。とても情けない男なのだが、とても人間味がある気がしなくもない。また、上官が一度ナメられると上下関係が回復不能であることが分かる。生きるか死ぬかの時に無能には従えない。自分の弱さの自覚が却って過剰な規律を生むこともあるのだろう。

厳しい戦場でのお楽しみ。食事と女である。序盤は十分な食料供給があったのに、戦局の悪化に伴い減っていく。苦しい状況に際して「ここさえ乗り切れば……」という言葉がよく使われるが、その状況に陥った時点で既に負けていることの証左である。カット曰く「もう負けだ。フランス兵はいいもの食ってやがる」。食料と引き換えにフランス娘を買春するほのぼのシーンがあった。フランスはよくドイツに蹂躙されているが、その度にフランス娘はドイツ兵の愛人として生き延びているイメージがある。これはこれで逞しい処世術だろう。

火炎放射器、毒ガス、ネズミといった脅威の登場がリアルである。平時には疫病の媒介者として恐ろしいネズミだが、戦場では死者の肉を食べるという別種の恐ろしさがあるらしい。それもやがては爆風で吹き飛ばされるというのがなんとも。

教師が「ドイツはベートーベン、ゲーテ、シラーを生んだ凄い国だ」と生徒の愛国心を煽っているが、凄いのは彼ら個人であって国ではない。虎の威を借ることなきように。

西部戦線異状なし(1979) (字幕版)
 
西部戦線異状なし (新潮文庫)

西部戦線異状なし (新潮文庫)

  • 作者:レマルク
  • 発売日: 1955/09/27
  • メディア: 文庫