オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『判決、ふたつの希望』

L'insulte(The Insult), 113min

監督:ジアド・ドゥエイリ 出演:アデル・カラム、カメル・エル・バシャ

★★★

概要

レバノンキリスト教徒がパレスチナ人を訴える話。

短評

三十郎氏にとってレバノンは馴染みの薄い国である。もしかすると初めてのレバノン映画かもしれない。[レバノン=中東=イスラム教]くらいのイメージだったのに、排外主義的な現地民がキリスト教徒という展開に面食らったものの、監督がアメリカ留学経験者というだけあってスリリングで退屈させない白熱法廷ドラマに仕上がっていた。裁判で事件と無関係なことを扱い過ぎているとは思うが、どうということないはずの事件が次々と飛び火して本人の手を離れた一大騒動となる展開が、現代の“議論”や“対立”の構図を象徴しているように感じた。

あらすじ

レバノンの首都ベイルートで妊娠中の妻シリーン(リタ・ハイエク)と暮らすトニー。バルコニーからの排水を巡って工事の現場監督ヤーセルとトラブルとなり、思わず悪態をついたヤーセルにトニーが謝罪を求める。上司に促されて謝罪に出向いたヤーセルだったが、キリスト教右派政党“レバノン軍団”の熱心な支持者であるトニーが「シャロンに抹殺されればよかったのに」と口走ったことで、パレスチナ難民の彼は思わずトニーを殴る。トニーは訴訟を起こし、それはレバノン社会全体を巻き込む騒動となっていく。

感想

シャロンとは、レバノン内戦に介入したイスラエルの国防相アリエル・シャロンのことである。三十郎氏にとっては「名前は聞いたことがあるような気がする」レベルの人物なのだが、サブラ―・シャティーラ事件というパレスチナ難民虐殺事件の責任者であるとされるらしい。ともかくヤーセルにとって「それだけは言ってはならない」という一線を越えた侮辱的発言なのである。そんなわけで、詳しい事情はよく分からずともヤーセルに一方的に同情することになる。そもそも排水管の修繕を拒否し、更に壊すという行為自体が意味不明であり、これは差別感情に基づく行動以外の何物でもない。トニーがとにかく許し難いクズなのである。

そんなトニーでも引いてしまうくらいの排外主義者が弁護士のワジュディーで、裁判ではあらゆる口実でパレスチナを非難しまくる(あれは勝利至上主義というよりも本人のイデオロギーだろう)。「これは事件と無関係だから裁判長が止めろよ」と思わずにはいられないが、止まらないので憎悪が煽られ、傍聴人間の、そして法廷外の場外戦へと飛び火していく。法廷ドラマというジャンルで考えれば過剰な展開なのだが(ヤーセル側の弁護士がワジュディーの娘という設定も)、一つの事件に端を発して燻っていた憎悪や対立が表面化する構図は、日本でも嫌と言う程に見覚えがある。

日本で言えばヘイトを拗らせて手のつけられなくなったアレな人だと思いながら観ていたが、トニーの場合はヤーセルと同様に虐殺事件(ダムールの虐殺)の生存者であることが最終的に明らかとなる。それがパレスチナ難民への憎悪を正当化できるのかは別問題として、本作が描くレバノン社会の抱える問題の複雑さや根深さが窺える。悲しい過去が明らかとなり、当人間では両成敗的な和解が成される(ヤーセルの暴言は、トニーに彼と同じ思いをさせ、また同じことをさせるための意図的なものだろう)。ヤーセルの車をトニーが修理したエピソードが象徴するように、二人は本来争う必要などないのである。

自身の過去に端を発する敵対感情が、本当は敵対する必要のない相手への攻撃として発露し、その行為が周囲を巻き込んで社会的対立を表面化させる。この問題の根本的な解決は、トニーとヤーセルのように個人間で互いへの理解が図られることの積み重ねによってのみ達成されうるのだと思う。しかし、本作のように一度当事者の手を離れて社会を巻き込んでしまえば、当人同士が理解し合ったところでもはや無意味なのではないかとも感じる。この点に決着をつけないまま、後味の良い終わり方にしてしまってよかったのだろうか。

日本でも、“敵”を設定して「この人は叩いていいですよ」と号令をかけ、「我こそは正義なり」という肯定感と仲間意識を与えることで支持を集める手法が散見されるが、この対立の行く末はどこなのだろう。思想はウィルスと同じく指数関数的に広まり、一人が治ったところで社会全体に燻り続ける。それがどこかで表面化し、新たな対立を生む。人類は延々と争い続けている。本作の描く“解決”は、果たして解決と呼べるものなのだろうか。トニーが「見た目だけでも仲良くなんて上手くいかない」と発言しているが、案外この建前を大切にすることでしか平和を維持できないのかもしれない。

判決、ふたつの希望(字幕版)

判決、ふたつの希望(字幕版)

  • 発売日: 2019/02/27
  • メディア: Prime Video