オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『500ページの夢の束』

Please Stand By, 92min

監督:ベン・リューイン 出演:ダコタ・ファニングアリス・イヴ

★★★

概要

自閉症トレッキー女が自作脚本をパラマウントに持ち込む話。

短評

自閉症の男の賢い娘を演じて世に出た子役が成長して自閉症トレッキーを演じた一作。小さな大冒険としては面白かったが、障害者の描き方に一貫性が感じられない点が気になった。枠にはめて可能性を制限する行為を否定したのは理解できるが、あまりに都合の良い成長譚は障害者本人や周囲の直面する苦労を矮小化している気がしなくもない。三十郎氏の自閉症への理解が間違っているか細かい箇所に目を瞑るかすれば、ユーモラスで心温まる話だったと思う。邦題はせめて「427ページの夢の束」にするべきだった。

あらすじ

自閉症トレッキー、ウェンディ(ダコタ・ファニング)。自立支援ホームで生活しながら『スター・トレック』のオリジナル脚本『多数と少数(THE MANY AND THE FEW)』を書き上げ、賞金10万ドルの脚本コンテストに応募しようとする。姉オードリー(アリス・イヴ)の訪問で予定が狂ったことから郵送できず、ロサンゼルスのパラマウント本社に直接原稿を持ち込むべくオークランドから旅に出る。

感想

自閉症と言っても症状は様々である(劇中に自閉症という言葉は出てこなかった気もするが、症状や公式サイトの記述からそれとして扱うものとする)。多くは知的障害を伴うとされているが、ウェンディの知能は高い。なにより脚本を書き上げる能力があり、シナボンでのバイトも可能である。間違いなく自閉症的なのは、特定の物事に対して強い拘りと執着を見せ、一から十まで細かく決められたルールに従って生活しているという点で(毎日のルーティンや曜日ごとの服の色)、そのルールが崩れた時や自分の計画と異なる場合には激しく動揺し、癇癪を起こす。

ウェンディは、ロサンゼルスに向かうために「絶対に渡ってはならない」と決められた通りを渡る。ルール破りである。少年少女が主人公の物語であれば成長への第一歩として容易に受け入れられるシーンなのだが、自閉症となると「こうも簡単にルールを逸脱できるものなのか」という疑問が浮かぶ。彼女が周囲の認識していた以上の可能性を見せる点が重要ではあるのだが、ある種の制限があるから自閉症なのであって、それをないかのように扱ってしまうのはいかがなものだろうか。LAへの道中でもかなり機転を利かせており、この都合の良さには「マジカル・ニグロ」と同様の歪さを感じた。「できないこと」を「できる」と描いてよいものか。「できない」ことがあるからこそ「できる」ことに価値があるのではないだろうか。それとも三十郎氏の考え方が差別的なのか。

ウェンディの書いた脚本は、「エンタープライズ号が大破してカークとスポックが二人で惑星を彷徨い、カークが息絶えて終劇」というものである。カークが死亡するラストはどうやっても採用されないだろう(しかも救わないのが核心とのこと)。昨年『スター・トレック』マラソンを経験した三十郎氏としては(辛かった。90分強で展開の早い本作を観て気になったような人が実際に同作を鑑賞すれば、あまりのスローテンポに耐えられないだろう)、トレッキーにも「エンタープライズ号は大破するもの」と認識されていることが分かってニヤニヤできた。ウェンディがスポックに自己投影していることが分かったのもシリーズを一通り見ておいて良かった点である。施設の管理者スコッティ(トニ・コレット)は「『スター・ウォーズ』のカークって誰なの?」と発言しており、彼女の息子の言う通り、死に値すると思う。

道中で脚本を読むわけでもないのに封筒に入れずに持ち歩いたのは、流石に無茶な演出だと思う。クソビッチ専門女優ジェシカ・ローテに金とiPodを盗まれるのは仕方ないとしても、イベントの作り方に無理がある。説明されるべきウェンディの特性や描かれるべき変化や成長が、物語の中に自然に溶け込んでいるとは言えなかった。最後の“してやったり”も消印がないのでバレるだろう(「私だって他の人と同じチャンスが欲しい」は良い言葉だと思うが、他の人はルールを守っていることを無視してはいけない)。

施設を脱走したウェンディに一定の距離を取ってついて行く犬のピートくん。「帰れ」と言われた時の表情の切なさである。犬種がチワワなので、目がウルウル、身体がプルプルしている。なんて弱々しい。そして、なんて可愛らしい。あれはズルい。

500ページの夢の束(字幕版)

500ページの夢の束(字幕版)

  • 発売日: 2019/03/01
  • メディア: Prime Video