オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ローサは密告された』

Ma' Rosa, 110min

監督:ブリランテ・メンドーサ 出演:ジャクリン・ホセ、フリオ・ディアス

★★★

概要

麻薬の売買で逮捕された夫婦が賄賂を要求される話。

短評

フィリピンの首都マニラを舞台とした痛烈なリアリズムを感じさせる一作。混沌としたスラムの熱気に圧倒され、警察の腐敗を嫌悪し、一家の行く末を心配し、人と人との繋がりにほんの少しの希望を感じる。その全てが生々しい。“普通"の基準が日本とは全く異なっていて面食らうものの、序盤の密度が凄まじく、スムーズに没入することができた。

あらすじ

マニラのスラムで小さな個人商店(サリサリストア。その日暮らしの貧民向けにばら売りする雑貨店)を営むローサとネストールのレイエス夫妻。彼らは裏稼業として“アイス”(覚醒剤)の販売にも手を染めていたが、ある夜、警察が突入してきて逮捕される。証拠品も発見されて言い逃れできない状況で、警察から「20万ペソで見逃してやる」と提案される。

感想

1ペソは約2円強である。「いくらくらいなんだろう?」と余計なことを考えながら観ずに済むのは自宅鑑賞の利点である。「そんなに払えるわけない」と売人を売ってそちらから金を取らせ、それでも足りない5万ペソの金策に子供たちが奔走する。

逮捕されて警察署に連行されるまでの密度が凄い。言ってしまえば下町の日常風景を描いているだけのはずなのに、東南アジア特有のじっとりとした熱気に加えて、バケツを引っくり返したようなスコールが異様な雰囲気を漂わせている。不足した釣り銭の代わりに飴を渡し、路上で販売される食品をビニール袋に詰めるといった東南アジア的日常の中に麻薬の販売が違和感なく溶け込んでおり(コンビニの前でシンナーを吸う子供たちも)、そこに青天の霹靂で警察の登場である。この一連の流れの中に密告者の候補を紛れ込ませている構成も良い。

売人ジョマールを密告したことで一度ローサたちから視点が離れる。ここでそれまでの密度や勢いが失われてしまうのが残念なのだが、警察の主目的が麻薬販売の取り締まりではなく賄賂であることの強調だろう(レイエス一家だけに焦点を当て続けた方が軸がブレなかったとは思うが、関連する社会全体を描きたかったのか)。「20万ペソもないです」と言うジョマールに対しても「じゃあここにある10万と残りの10万でいいよ」と柔軟な対応である(怖いのか優しいのか分かりづらいのが絶妙に嫌らしい)。とにかく20万ペソが手に入りさえすれば相手は誰でもよいらしい。腐敗した警察は恐ろしいが、したたかに減額交渉するジョマールの妻リンダ(メルセデス・カブラル)に庶民の強さを垣間見た。署内では顔を合わせずに済まされていたローサとジョマールのその後に対して不安を感じるが、これも余韻の内か。

金策に走る三人の子供たち(幼い次女はお留守番。肝っ玉母ちゃんのローサに対して美刑揃いなのだが、なんと長女は実子)。長男ジャクソンは家具・家電を売り、長女ラケルアンディ・アイゲンマン)は親戚を回って金を借りる。そして、次男カーウィンはゲイのおっさんに身体を売る(と思ったけど恋人なのか?)。ローサが「あいつに頭を下げるくらいならここで死ぬ」と蛇蝎の如く嫌う義妹ティルデが散々文句を言いながらも最終的には「あいつの口に突っ込んでやりな」と貸してくれたり(責められる長女が気まずくて可哀想)、質屋の親父が「大赤字だよ」と言いながら500ペソおまけしてくれたりと、厳しい環境ながらも庶民同士の繋がりでなんとか生き抜いていることが察せられた。

最後に魚肉団子の串を頬張るローサは果たして何を思うのだろう。とりあえずなんとかなりそうという安堵なのか。麻薬取引に手を出したことへの後悔なのか。今後への不安なのか。それとも自分にはどうしようもない現実への諦めなのだろうか。

ドゥテルテ大統領の就任後にかなり強硬(というよりも凶行)な麻薬撲滅対策行われていると聞くが、状況はどう変化しているのだろうか。彼の方針であれば、レイエス一家は警察の腐敗に直面する前に殺害された可能性もあるのか。どちらの方がマシな世界なのだろう。

ローサは密告された(字幕版)

ローサは密告された(字幕版)

  • 発売日: 2018/03/02
  • メディア: Prime Video