オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『暗殺のオペラ』

Strategia del ragno(The Spider's Stratagem), 99min

監督:ベルナルド・ベルトルッチ 出演:ジュリオ・ブロージ、アリタ・ヴァリ

★★★

概要

父親を殺した犯人を探す話。

短評

犯人探しのミステリーというジャンルがあるので三十郎氏にも楽しめたが、本当の意味で楽しむためには時代的・社会的背景をしっかりと理解する必要がありそうな一作。話自体は綺麗にまとまっているものの、それにより戦中戦後のファシズムについての考え方が変わるというところまではいかなかった(きっと理解不足である)。メインプロットとなるミステリーで観客を引っ張りつつ、知らぬ間に幻想世界に引きずり込んでいる映像・演出は見事だった。イタリアの田舎町は寂れていても美しい。

あらすじ

かつて父アトス・マニャーニがファシストに暗殺された町タラを息子のアトス・マニャーニが訪れる。父の愛人だったという女性ドライファ(アリタ・ヴァリ)から手紙で呼び出されたのである。ドライファ曰く「犯人を探してほしい」と。気乗りしないアトスだったが、父の仲間だった三人のレジスタンスらに話を聞く内に、暗殺に真相に辿り着くことになる。

感想

ファシストに暗殺された英雄アトス・マニャーニ」という情報だけで進んでいた悲劇の物語が、ムッソリーニ来訪時には逆に暗殺を企んだ側だったこという辺りで雲行きが怪しくなる。そして、実はアトス本人を含むレジスタンスの自作自演で暗殺が決行されたという真相が明らかに。英雄を創り出すことでムッソリーニの死後も民衆の心に残るであろうファシズムを抹殺しようとしたわけである。

この理屈は理解できるのだが、真実を知りながらアトスを英雄として祀り上げた三人組は「二重思考」に陥っていないのだろうか。歴史をちゃんと顧みることなく「敗戦=ファシズムは悪い」と短絡的に結論を出すことへの批判が込められていたりするのだろうか。「なぜファシズムがいけないのか」の答えが「戦争に負けたから」であれば、再びファシズムが勃興する危険が大いに有り得る。英雄でなかったが故に英雄となったアトスの行為は、本当に英雄的だったのだろうか。

原作となった『裏切り者と英雄のテーマ』の著者はホルヘ・ルイス・ボルヘス。『熱帯』の書評で彼の『砂の本』が紹介されていたので、三十郎氏も読んでみたことがある。感想記事を書かなかったのは、あまりにも難解で表題作以外を読まずに積んだからある。三十郎氏はどうも南米的マジック・リアリズムと相性が悪いらしい。マルケスの『百年の孤独』に挑んだ時にもアルカディオやらアウレリャノやら同じような名前ばかりが大量に出現して混乱し、楽しんだり理解しようとするどころではなかった。読書は映画と同じように完全に受動的にはなれないので、完走するだけでも強靭な意志が必要である。

生き写しと言われる父と息子のアトス・マニャーニは当然として、愛人ドライファやレジスタンス三人組も時代を隔てても外見が変化しないため、二つの時代が交錯する展開が映像面でのマジック・リアリズム的効果に寄与している。ラストは小アトスが大アトスの物語の一部となることを決意するのだが、文字通り後者の世界に飲み込まれていくような感覚があった。最後の駅でのシーンはよく分からない。全て夢幻だったような気さえしてくる。

一つの場面内でのカットの繋ぎに暗転が多用されており、場所や時間が切り替わったような印象を受けるのに、会話が普通に続いている。この日常における“空白”の存在がミステリーとなりうるのだろうか。

蚊取り線香が登場する。それもお馴染みの渦巻き型である。てっきり日本の夏の風物詩なのかと思っていたがイタリアにもあったのか。他にはやたらとスイカを食べていた。名産品なのだろうか。クラテッロという尻肉のハムやブゼッカという臓物料理が登場して、少しだけイタリア食文化の勉強になった。

暗殺のオペラ (字幕版)

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伝奇集 (岩波文庫)

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