オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『アラン・ドロンのゾロ』

Zorro, 119min

監督:ドゥッチョ・テッサリ 出演:アラン・ドロン、オッタヴィア・ピッコロ

★★

概要

偽総督の裏の顔は仮面のヒーロー。

短評

アラン・ドロンは相変わらず格好いいし、見事なサーベル捌きも披露しているが、アクション映画としてはいかんせん牧歌的過ぎて迫力に欠ける一作。「ララララ~♪」と軽快な音楽が戦いのBGMに何度も流れるユルいノリにはフフッとさせられ(古いアニメの主題歌の如く主人公の名を連呼するこの曲のロングバージョンがOPで流れ、以後一貫してそのノリである。歌い出しのタメがなんとも言えない)、楽しいことには楽しいが、子供向け映画としての面白さ以上のものは得られなかった。

あらすじ

欧州随一の剣士ディエゴ(アラン・ドロン)。スペイン帰還の前夜、彼は友人のミゲルと再会するが、ミゲルは刺客に殺害されてしまう。刺客を送り込んだのはウェルタ大佐。大佐はミゲルが新総督として赴任する予定地で圧政を敷いて全権の掌握を狙っており、高邁な理想を掲げる彼が邪魔だったのである。ミゲルは死の間際に「自分に成り代わって総督になってくれ」とディエゴに託す。現地住民の不当な扱いを目撃したディエゴは、表向きは阿呆な貴族を演じながら、義賊“ゾロ”として人々を救う活動をはじめる。

感想

ゾロというのは「黒キツネの精霊」のことで、不幸な動物を救うのだとか。無敵で不死身である。家畜解放運動に従事するアニマル・ライツ・テロリスト少年チコの話を聞いたディエゴが「それなら困っている人間も助けよう」と「Z」マークを流用する(チコ曰く「人間は性悪で臆病だから自業自得」)。彼が総督として治世を改善しようとせず自警市民に徹したのは、軍のクーデターを心配してのことだったのか。それとも単純に仮面のヒーローを演じてみたかっただけなのか。こんな細かいことを気にしてはいけない映画である。きっと最近のヒーロー映画がシリアス過ぎるのだ。

古い映画でアクション・スターが主演しているわけでもないため、スタントの迫力は今ひとつである。ゾロに余裕綽々で薙ぎ倒され、屋根の上から吹っ飛んでいく大佐の部下たち。彼らは身体を張っていた。落ちた先でトランポリンのようにピョンピョンと跳ねるコミカルな演出があり、意識してバイオレンスが排除されていた印象である。しかし、最後の大佐との一対一の決闘だけは真剣勝負。少々尺が長過ぎて途中で飽きてしまったが、見応えは十分だった。槍や斧に武器を持ち替える大佐に対して、あくまでサーベルで戦うゾロに騎士道を感じた。ミゲルと「人を殺さない」と約束したディエゴが大佐を殺すのは、彼は人非人扱いでOKなのか。

甲高い声を発する阿呆な総督モードと凛々しい仮面のヒーローモードの切り替えのギャップが見事である。超男前のアラン・ドロンが全く格好よくない貴族を演じ(これはこれで活き活きとして楽しそう)、美しい顔が半分隠れている方が格好いいという矛盾。格好よさとは顔だけではないのだ。醜男だからと絶望するのはやめようと言いたいところだが、デブ軍曹のガルシアはどうやっても格好よくならないだろう。バットマンをはじめとする身分を隠すヒーローたちは皆ゾロように目元を隠すマスクを着用しているが、オリジナルはどのキャラクターなのだろう。ヴェネツィアの仮面舞踏会からの流れだろうか。ゾロはマントも着用していて、ヒーローのビジュアルの原型っぽさがある。

“殺し屋”という物騒な名前を持つ犬が賢くて可愛かった(顔はブサイク)。ディエゴに秘密通路の在り処を教えて裏の活動を支援し、ゾロを追う大佐の騎兵隊を吠えるだけで退ける。やはり人類の最高の友は犬である。一方で鳩や馬が雑に殺されていたので、本物のゾロは怒っていると思う。

ところで、「父親は一人で任地に旅立った」と説明されてそのままだった息子は真実を知った時にどう思うのだろう。

アラン・ドロンのゾロ (字幕版)

アラン・ドロンのゾロ (字幕版)

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