オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『闇の列車、光の旅』

Sin nombre(Without Name), 95min

監督:キャリー・ジョージ・フクナガ 出演:エドガル・フローレス、パウリナ・ガイタン

★★★

概要

ホンジュラス人とメキシコ人が列車に乗ってアメリカ国境を目指す話。

短評

キャリー・ジョージ・フクナガの長編デビュー作(早く007が観たいなあ……)。進むも地獄退くも地獄の過酷な移民ものである。本作のメインとなる国境を目指す旅は文字通り命懸けなわけだが、ギャングとしてメキシコで生きていくのも命懸けである(ホンジュラスは「ここには何もない」とだけ)。現実の光景とは思えないが現実の光景としか思えないという矛盾した圧倒的なリアリティを感じる一作だった。

あらすじ

強制送還された父と叔父と共にホンジュラスからアメリカを目指して旅する少女サイラ(パウリナ・ガイタン)。徒歩でグアテマラを抜け、メキシコ国境の町で列車の屋根に乗り込む。その町のギャングのメンバー、カスペルことウィリー(前者はギャング名)。恋人のマルタ(ディアナ・ガルシア)を殺したギャングのリーダーを列車強盗中に殺害し、サイラたちと旅をすることになる。

感想

ホンジュラス人少女のサイラを演じるパウリナ・ガイタンがメキシコ人で、メキシコ人ギャングのウィリーを演じるエドガル・フローレスホンジュラス人なのだとか。訛りの違いなんて分かるはずもないが、なんだか不思議なキャスティングである。サイラの行動は、何と言うか10代の少女の恋愛脳全開なのだが、これはこれでリアルと言えるか。レイプされそうなところ助けてもらえば好意を抱くだろうし、家族よりも好きな男を選ぶ禁断の逃避行の響きは魅力的である。彼女がいないことに気付いた父の「待てない」も、悲しいかなリアルと言うより他にないのか。

ギャングの世界は厳しい。入団の儀式としてメンバーから13秒間タコ殴りにされ、仲間に認めてもらうために敵対ギャングのメンバーを殺害する。これをウィリーがギャングに引き入れたベニート改めスマイリーが行うのだが、彼はまだ下の毛も生え揃っていないであろう少年である。彼らの世界でマシな生活がしたければ、選択肢は二つしかないのだろう。ギャングとして生きるかアメリカへと逃げるか。どちらを選んでも茨の道である。先進国の人間が会社や学校といった組織に所属する代わりに、彼らにはギャングという組織があるのではないか。報道されるメキシコでの凶行に目を疑うこともあるが、その環境が子供の頃から当然であれば感覚が麻痺して過激化するのも頷ける話である。

基本的には抑えられた演出のリアル路線映画なのだが、ウィリーがギャングに追われるというスリラーの要素を加えることで、重苦しいロードムービーを飽きさせない構成になっていたと思う。こうしたバイオレンスはエンタメのための無理やりなものも多いが、「メキシコ・ギャングの報復ならありうる話かな」とリアリティの範疇に収まっている。メキシコは怖い。所属先を示すためにタトゥーを彫るのは分かるが、顔全体に彫って敵を威嚇するなんて狂っているようにしか見えない。一方で、アクションの迫力や緊張感がイマイチなのは、007の監督として大丈夫なのか気になった。

果物を差し入れてくれる沿線の地元民がいれば、「移民なんてくそくらえ」と投石する地元民もいる。自分も脱出したい者と地元に残る者の違いなのだろうか。走行中に線路脇の草をもぎ取って焚き火するシーンが楽しかった。列車に無賃乗車なのは貨物列車だから見回りがないものと納得できるとして、自由だなあ……。

壮絶な旅を経てなんとかアメリカへの不法入国を果たし、父の現地家族に電話するサイラ(電話が繋がって思わず緩む口元が旅の苦労を物語る)。観客としては「ああ、よかった……」と安堵できるハッピーエンドなのだが、果たして彼女はこの後どうなるのだろう。アメリカに行けば全てが解決するわけではない。強制送還されるかもしれないし、そうでなくとも違法な労働に従事せざるを得ないかもしれない。それでもホンジュラスに残るよりはマシだから皆アメリカを目指すのだろう。

闇の列車、光の旅 (字幕版)

闇の列車、光の旅 (字幕版)

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