オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ユーリー・ノルシュテイン傑作選』

25-е, первый день/Secha Pri Kerzhentse/Lisa i zayats/Tsaplya I Zhuravl/Ezhik V Tumane/Skazka Skazok, 81min

監督:ユーリー・ノルシュテイン

★★★★

概要

共産主義革命から動物の童話までアニメーション六作品。

短評

『25日・最初の日』『ケルジェネツの戦い』『キツネとウサギ』『アオサギとツル』『霧の中のハリネズミ』『話の話』の全六作品が収められたアニメーション集。分かりやすいプロパガンダから童話や示唆的かつ幻想的な叙事詩まで物語は様々だが、いずれの作品も「実写では表現できないものを描く」ことのできるアニメーションの特性がフル活用された創造性に満ちていた。アニメーションという表現形態の無限の可能性を感じさせる。「なんか凄いものを観たぞ」とか「めっちゃアートだ」という気分になった。

感想

『25日・最初の日』

十月革命の話である。モノクロに近い世界に「全ての権力をソビエト(評議会)へ!」というスローガンを掲げる人々が登場し、彼らの腕に巻かれた真っ赤な布が真っ赤な人間へと変化する。赤い人間は漫画的な顔をした資本家を打倒し、革命が達成される。最後は実写レーニンの演説で締めくくられるプロパガンダものだが、顔や表情のある資本家に対し、赤い人民が没個性化されていたのが示唆的に感じられた。

『ケルジェネツの戦い』

988年に行われた戦争を描いたそうである。(なんと呼ぶのかは知らないが)ビザンティン美術的な人間たちが激しい戦いを繰り広げている。ほとんど何をしているのか分からないくらいに激しく入り乱れてゴチャゴチャしているのだが、それが戦争の過酷さを表現しているのだろう。他の作品と比べても「絵画が動いている」感の強い一作だった。

『キツネとウサギ』

可愛いウサギが主人公の童話。木製の家に住んでいたウサギが、春になって氷製の豪邸が溶けてしまったキツネに家を奪われてしまう。ウサギに同情したオオカミ、クマ、ウシはキツネに撃退されるものの、雄鶏が家を奪還する。剣を携えた雄鶏は何かの隠喩なのだろうか。画面に紙芝居のようなフレーム(枠)があり、そこを跨ぐことで場所的、時間的な跳躍がある演出が面白かった。

アオサギとツル』

アオサギとツルの恋の駆け引きの話。「今に至るまで行ったり来たりを続けています」という言葉で締めくくられている通り、お互いに好き合っているのに素直になれず、告白されては断って後悔するのを繰り返している。最もコミカルな一作である。とっても人間臭い鳥たちだった。

『霧の中のハリネズミ

霧の中をハリネズミのヨージックが彷徨う幻想的な物語。『霧につつまれたハリネズミ』という別名もある。霧の中の世界は美しかったり恐ろしかったりするのだが、ヨージックをはじめとする動物たちの造形がとても可愛い。コグマとの友情や犬や魚が助けてくれるシーンも微笑ましい。他の作品も観客を独創的な世界に誘ってくれるが、本作が「体験している」感が最も強かったように思う。10分という短さながらとても濃密な時間だった。

『話の話』

動物と人間が共生している原始的・理想郷的世界と道路に自動車の溢れる工業化された世界が対比的に描かれている。後者の世界ではやがて戦争が起こり、男たちは徴兵されて女の元から去っていく。前者の世界からオオカミの子供が持ち出した物語から後者の世界で赤ん坊が誕生するのが印象的で、これは過去という理想郷から持ち出した自身の体験が現実で作品として萌芽することを意味しているのではないかと思う。作家が猫にダメ出しされている。猫は偉そうな生き物である。

ノルシュテインは切り絵を用いるアニメ作家とのことだが、どの作品も画風が異なっており、非常に多くの引き出しを持っているように感じられた。日本のアニメはキャラクターデザインを見て「この監督の作品だ」と分かる例も多いように思うが、ノルシュテインの場合は、基本の動きは左右上下の平面でありながらも幾重にも重ねられたモンタージュが立体的な奥行きを感じさせる画面構成が特徴だったと思う。世界観や単なる絵柄以上に演出や技法の面での独創性が感じられる。重ねられた映像の中には実写もあり、水の使い方が特に印象的だった。ソ連の芸術家は水が好きだな。

きつねとうさぎ (世界傑作絵本シリーズ)
 
アオサギとツル

アオサギとツル