オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『かごの中の瞳』

All I See is You, 109min

監督:マーク・フォースター 出演:ブレイク・ライブリージェイソン・クラーク

★★★

概要

目が見えるようになったら夫が想像と違っていた話。

短評

スリラーをやるための人間性が誇張されている割にスリラー自体は控えめな一作。色々と解釈を要求する描写が回収されることなく尻切れトンボな結末になっているのは不満なのだが、あやふやな部分の意味を自分なりに考えてみる分には楽しかったようなよく分からなかっただけのような。ブレイク・ライブリーのおっぱいが微妙に見えているのかいないのか分からない映画である。おっぱいは出てくるが、顔と一緒に映っていないのできっと本人のものではないだろう。スタイル抜群なんだからもったいぶるなよ。

あらすじ

バンコクで暮らすジーナ(ブレイク・ライブリー)とジェームズの夫婦。ジーナは子供の頃に事故に遭って以来目が見えなかったが、手術を受けて右目の視力が回復する。姿が見えるようになると夫はどこか想像と違っており、夫婦にすれ違いが生じはじめる。その頃からジーナの目が再び見えづらくなる。

感想

一種のフェミニズム映画なのだと思う。夫の顔を見たジーナが「想像と違った」と発言するものの、「夫が醜男だったのがイヤ」という男性諸氏には受け入れがたい理由で彼女の心情は変化していない。重要なのは、目が見えるようになったことで新たに湧いたジーナの外界への興味に夫がついていけない点である。彼女にはこれが非常に“退屈な男”だと感じられる。これまでの“献身”や“守護”が、途端に“足枷”のように思える。視力という翼を手に入れたことで、男女の関係が根本的に変化したのである。

妻の変化を受け入れられないが故に目薬に細工する夫。「なんて独占欲の強い男なんだ」と気持ち悪かったが、男女逆転版で似たようなことをしている『ファントム・スレッド』を観た時には「これはこれで美しい愛の形」だと感じている。両者が先刻承知の関係ではないという差異がそう感じさせるのか。それとも男による抑圧が現代的な価値観と合わないからなのか。

妻の変化だけで十分にドラマとしては成立しているため、あえて夫を悪役に設定してスリラー化する必要があったのかは疑問である(それ故にフェミニズム的だと感じる)。クラブで自分の必要性を認識させるエピソード等で夫の歪んだ支配欲を描いた上での上述の凶行なわけだが(甥との入浴に嫉妬するのは微妙なラインだと思う。あの年齢だとおっぱいを認識するエロガキである)、これでは「夫が悪い」の一言で終わってしまう。夫が一方的に責められるような話でなくとも、妻の視力が関係を変化させたり、関係の捉え方を変えるという点に注力してもよかったのではないか。目隠し拘束プレイのシーンには妻の方の身勝手さが現れていたようにも思うので、単純な対決構造でなくとも他に掘り下げ方があったと思う。ジーナの左目が決して回復しないのは、彼女にも見えていないことがある隠喩ではないのだろうか。

ジーナ自作の歌はどう解釈すべきなのか。あの時点のジーナがジェームズに対して「あなたしか見えない(All I See is You)」というのは成立しないだろう(もっこりダニエルは一発でジャックポットを決めるなんて凄い)。「私たちの夢の中では二人は決して離れない」というのは、夢の外では離れるという意味なのか。歌詞の完成がどのタイミングだったのかによって意味が変わってきそうである。大筋はともかく心情は読み取りづらい部分があり、これが結末の放り投げ感に繋がっていたと思う。

BTSや交通渋滞といった光景は紛れもなくバンコクなのだが、肌にまとわりつくような特有の熱気は感じられず、むしろどこか寒々しい映像だった。「おっ、ここは……」となるようなランドマーク的建物も登場せず(バンコクに精通しているわけではないが分かったのはスワンナプーム空港くらい)、このロケーションが選ばれた理由が分からない。頼れるのが夫しかいないという状況を生み出す異国にしては友人やご近所さんと上手くやっているし。青みがかっているとスタイリッシュには見えるけども……。

かごの中の瞳(字幕版)

かごの中の瞳(字幕版)

  • 発売日: 2019/04/17
  • メディア: Prime Video