オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『SOSタイタニック/忘れえぬ夜』

A Night to Remember, 123min

監督:ロイ・ウォード・ベイカー 出演:ケネス・モア、マイケル・グッドリーフ

★★★

概要

タイタニック号が沈没する話。

短評

タイタニック」と言えば、ジェームズ・キャメロンの『タイタニック』が船の名前以上に一般名詞化しているような気もするが、あの沈没事故は何度も映画化されている。本作もその内の一作である。本作はキャメロン版からメロドラマを取り除いて淡々と進行するバージョンと言えるが、ほとんどのエピソードはキャメロン版でも描かれているため、現代の観客が強いてこちらを選ぶ必要はないように思う。もっともこれはこれでよく出来ているし、キャメロン版に踏襲された要素や相違点を見比べてみるのも楽しいかもしれない。

あらすじ

1912年4月10日。世界最大の巨大豪華客船タイタニック号が、2208名の乗客乗員を乗せて処女航海へと出発した。それは「沈まない船」のはずだったが、4月14日の夜、氷山を回避しきれず船体を損傷し、浸水の結果沈没に至る。

感想

大まかな流れは知っての通りである。高速航行が祟って氷山を回避しきれず(事前に先行船から警告を受けていた)、沈没を免れないレベルの損傷を負い、乗客乗員の総数に足りない救命ボートで脱出させるも、1500名を超える犠牲者を出してしまった。「もう明らかに沈む」という段階になってようやくパニック映画的な盛り上がりを見せはするが、それまでは乗客たちが安全神話を信じたが故の正常性バイアスに囚われており、結果として危機的な状況に対して呑気というか静かな物語となっている。

事故の描写でキャメロン版と決定的に異なるのは、タイタニック号が“折れない”点である。船が沈むと聞いて“折れる”姿を想像するのはタイタニック号くらいのものだが、これは後世の調査で明らかになったのだとか。救命に向かう船とのやり取りが強調されているのも本作の特徴と言える。近くにいて多くの命を救えたはずのカリフォルニアン号は無線に気付かず、沈没後に「あれ?あの大きな船が消えてる」と呑気な反応を見せているのが絶望的である。

最後の瞬間まで演奏を続けた音楽隊やパワフルなおばさん(キャメロン版のキャシー・ベイツ)は本作にも登場。後者は印象的な架空のキャラクターを流用したのかと思ったら、マーガレット・モリー・ブラウンは実在の人物なのだとか。他にも船長や社長、設計士には聞き覚えのある名前が並んでいる。

コロナ禍についての言説でも「正常性バイアス」という言葉を目にする機会が増えたかと思うが、乗客たちの悠長な反応には驚かされるばかりである。男たちは船が傾いているのに「沈むわけじゃなかろう」(この台詞は何度も出てくる)とポーカーを続け、デッキで拾った氷山の欠片でウィスキーを飲む。救命ボートに優先搭乗させてもらえる一等客室のマダムたちは「救命胴衣なんてイヤよ」「この船に残った方が安全じゃない」「夫と一緒じゃなきゃ乗らない」と不満たらたらで作業を遅れさせる。沈むことが分かっている観客からすればイライラさせられる描写だが、この「大丈夫だろう」と「大丈夫であってほしい」を混同するかのような心理状態は、決して誇張されているわけではないのだろう。

乗組員はできる限りのことをしたのだろうが、現代の価値観からすると金持ちしか助けようとしないのはやはり褒められたものではない(もっとも現代でも同じ状況になれば同じ事が起こるのだろうが)。沈没後に救出に行くのを拒んだ富裕層の女の醜さを描いた点は評価できる。「女子供を優先する」という価値観は、男女平等が進んで男がヒロイズムを放棄すればなくなるのだろうか。

よく見ると救命ボートの乗客が明らかに作り物で動いていなかったりする特撮技術の拙さはあるものの、全体としてチャチに感じるようなクオリティではないし、浸水するタイタニック号のセット等はよく出来ていたと思う。

椅子を放り投げて人助けをし、ちゃっかり自分も助かっている酔っ払い(少しだけ加水する通な飲み方)のキャラが好きだった。淡々としているようでコメディリリーフやドラマの要素をきっちり押さえていた。