オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『パレス・ダウン』

Taj Mahal, 90min

監督:ニコラ・サーダ 出演:ステイシー・マーティン、ルイ・ド=ドゥ・ランクザン

★★★

概要

テロ攻撃を受けたホテルに閉じ込められたフランス人少女の話。

短評

ムンバイ同時多発テロ事件の映画化。昨年公開された『ホテル・ムンバイ』と同じ題材である。同作はホテルの従業員視点で事件を描いているそうだが、本作は少女の一人称に近い視点で描かれているため、「何が起きているのか」はほとんど分からない。その「分からない」ことが不安であり恐怖であるというスリラーになっている。主人公ルイーズを演じるのは、麗しのステイシー・マーティン嬢。「助かって」「死なないで」と祈る気持ちで観られた。

あらすじ

2008年11月。父親の仕事の都合により2年間ムンバイで過ごすこととなったルイーズ(ステイシー・マーティン)は、この地に馴染めるのか不安を抱えていた。新居へ移るまでの仮住まいタージマハル・ホテルに滞在中の11月28日の夜、両親が食事に出掛けて彼女は一人部屋に残るが、外から物音が聞こえてくる。

感想

何かが起きているけれど何が起きているのか分からない。フロントは「ご心配なく。鍵を閉めて部屋の電気を消して」と矛盾したことを言う。父に電話するとテロだと分かるが、部屋には一人。誰も頼れない。不安がマックスである。とりあえず浴室に隠れていたら銃声と悲鳴が聞こえてくるし、扉を無理やり開けようとしてガタガタする音まで聞こえてくる。それでもルイーズには何もできない。何か次の一手を打とうとしている間は気が紛れるものだが、何もできないのでひたすら恐怖と不安に向き合うこととなる。

テロリストがホテルを爆破したことにより、「何もできずに耐え忍ぶ」フェーズから「このままでは確実に死ぬ」フェーズへと移行する。恐怖も次の段階である。扉の外は火の海で、窓から脱出しようにも繋げたシーツを伝って脱出しようとした階下の男が落下して倒れている(残された妻がアルバ・ロルヴァケル)。八方塞がりである。ただひたすら死の恐怖に怯えることしかできないという状況がとてもリアルだった。アクション映画のヒーローではない一般人にできることはない。「外壁のデコボコを利用して脱出できないだろうか」などと考えるのは、ジャッキー・チェン映画の見過ぎによる現実逃避なのである。

これが「テロに巻き込まれる」という体験なのだろう。フランス人がインドで巻き込まれるという状況は、何も分からないという感覚を際立たせている。犯人が誰で……目的は何で……といったこと考える材料すらない混乱である。

日本語の公式サイトに掲載されているステイシー・マーティンのインタビューによると、ルイーズは実在の少女だそうである。撮影前に本人と話す機会もあったのだとか。本作ではパリに戻った後のエピソードも描かれているのだが、「トラベーターに乗れない」という理由不明の出来事も実際にあったのかもしれない(電話口の母が唐突に歌い出したのも実話)。この恐怖に一人で立ち向かった彼女には真の意味で体験を共有できる相手がおらず、戻ってきた日常はそれまでの日常とは異なる。そんな疎外感も無事に生き延びた人に残されるテロの爪痕なのだろう。彼女にとって「何も分からない」と「何もできない」は終わっていないような気がする。

写真の勉強をしているというルイーズのカメラのメーカーは分からなかったが、右肩に表示パネルがついているのできっと“いいやつ”である。救助の直前に存在を思い出して、「これだけは」と手にするとっさの行動がリアルに感じられた。三十郎氏が同じ状況に巻き込まれたとして、「これだけは」と持ち出したいのはカメラだと思う。彼女がクレーン車の到着を待ちきれずに飛び出しそうになり、制止する隊員の姿も真に迫っていた。

インド人の爺さんが靴をくれるシーンが重要だと思う。ルイーズにとってインドの印象は最悪だろうが、インドという国の全てが悪いわけではない。

ステイシー・マーティン主演作にしては肌色がほとんどない一作なのだが、充電器を取りに行くためにほふく前進するシーンは、「曲線という言葉がこれを表現するために存在している」かのような膨らみが楽しめた。本作の彼女は非常にラフな格好をしているのだが、それでもバッチリきまっているのが凄い。

高級ホテルが出てくる映画を観ると「一度くらいは泊まってみたいなあ」と憧れるものだが、その都市のランドマーク的な建物だとテロのリスクも高いのか。

パレス・ダウン (字幕版)

パレス・ダウン (字幕版)

  • 発売日: 2016/11/02
  • メディア: Prime Video