オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『こわれゆく女』

A Woman Under the Influence, 146min

監督:ジョン・カサヴェテス 出演:ジーナ・ローランズピーター・フォーク

★★★

概要

母親が精神病の家庭の話。

短評

「こわれゆく」というよりも最初から「ぶっ壊れている」女の話である。端から眺めるだけの三十郎氏からすると「いつ爆発するのだろうか」と不安で仕方がないのだが、壊れているのは妻だけではなく夫も同じで、この両者が共依存的に互いを求め、同時に傷つけ合っているように見えた。周囲が何と言おうと、二人の、少なくとも家族の中では、それはそれで“愛”に基づく関係が成立しているかのような。挙動不審のジーナ・ローランズの怪演が、ホラーにも似た緊張感を漲らせている。

あらすじ

急な仕事が入って妻メイベル(ジーナ・ローランズ)との約束をドタキャンしてしまったニック(ピーター・フォーク)。メイベルは一人で酒場へと出掛け、見知らぬ男をナンパする。翌朝、ニックが仕事仲間たちを連れ帰ってメイベルが朝食を振る舞うが、食卓の空気は険悪なものへと変化する。

感想

夫と二人水入らずの夜を過ごすため、母親に三人の子供たちを預けるメイベル。あーだこーだと母に注文をつけ、母が去ると「預けなきゃよかった」とジタバタしている。完全に情緒不安定である。関わりたくないタイプである。夫の「今夜は帰れない」の電話に「大丈夫」と応じて酒場に繰り出し(記憶障害も見られる)、夫の仕事仲間を歓待したかに見えれば挙動がおかしい。“大丈夫”を装ってはいるが、明らかに“大丈夫”ではないため、「いつ爆発するのか」という不安が尋常ではない。夫は病気だと認めないため周囲はそれ以上のことが言えず、完全に腫れ物となっている。

手がつけられなくなったメイベルを入院させると、今度は夫ニックの方の異常性や独善的な性格が際立ってくる。似たもの夫婦なのである。メイベルが常に不安を抱えているように見えれば、ニックは常にイライラしているように見え、こちらも腫れ物感がある。

半年後に退院して自宅に戻ってきたメイベル。入院前とは別種の腫れ物感に変化している。親戚たちは「本当に治っているのか」「またおかしくならないのか」と不安を覚える一方で、ニックはメイベルに「自分らしく振る舞え」と説く。メイベルの精神はすぐに再崩壊するのだが、最後は夫婦二人で仲良く食卓を片付けている。何も改善していないし、異常にしか見えずとも、これが彼らの家族の形だと言わんがばかりだった。「分かんないけど愛してる」のだ。

キョロキョロと視線が定まらず、会話の通じないメイベルが怖い。躁鬱もあるのか言うことがコロコロと変わる。独り言を喋るシーンなんて同じ世界にいないかのようである。家庭内では正気と狂気の狭間にいるように見えたが、他人が関わると狂気ぶりが浮き立つ。子供の帰りを大人しく待つことができず通行人に「時間を教えろ」と突っ掛かれば、子供を預けにきたジェンセン氏に白鳥の舞を強要して不安がらせる。年甲斐もないミニスカートも、彼女が周囲と自己を正常に認識できていないことの表れだろう。この夫婦はこのまま生きていくのだろうが、三十郎氏なら逃げ出してしまうだろう。

原題は『A Woman Under the Influence』。直訳は「酒に酔っている」状態らしいが、一体メイベルは何の影響下にあるのだろうか。夫なのか、家族なのか。映画に描かれている範囲だと夫の身勝手さが強調されているような気もするが、夫の方には「朱に交われば~」感があって鶏と卵だった。

メイベルの狂気は、「自分の期待が裏切られた」という感情に基づいているように思う。夫は約束を守らず、二人で過ごしたいのに同僚を連れ帰り、ようやく二人なれたかと思えば母が子供を連れ帰る。これらを「当然の期待」と解せば、彼女の狂気は周囲に原因がある。逆に「一方的な期待」と解せば、原因は彼女の内にある。これもバランスの問題だとは思うが、前者の解釈でメイベルを擁護するなら彼女と同種の危うさが、後者の解釈でニックを擁護するなら彼と同種の危うさが……ということになり、どちらにしても他人事ではなかったりする。三十郎氏は後者の感覚で本作を観たが、自分自身は前者に近いと自覚しているため、他者に期待しないよう自戒している。映画の見方にも同族嫌悪が根底にあるのか。

こわれゆく女 (字幕版)

こわれゆく女 (字幕版)

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