オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『青い体験』

Malizia(Malicious), 97min

監督:サルヴァトーレ・サンペリ 出演:ラウラ・アントネッリ、アレッサンドロ・モモ

★★★

概要

母の死んだ家に美人家政婦が現れて男たちが盛る話。

短評

ヴィスコンティが「ヴィーナスの体」と讃えたという(出典不明)ラウラ・アントネッリの極上の裸体を拝めるイタリア製桃色コメディ映画。 ニーノ少年のセクハラは流石にやり過ぎな感じがして、フェミニストに怒られそうな内容だった。三十郎氏も(羨まし過ぎて)腹立たしく感じたが、この「立場を利用して屈服させようとする」系のセクハラは趣味ではなかったりする。もっともエロガキの「ただただ女性の裸が気になって仕方がない」という性の初期衝動が本作のモチーフであり、ジョニーに支配された少年の頭脳に善悪を考慮する余裕などあるはずもない。

あらすじ

母を亡くし、男四人となった一家に若く美しい家政婦アンジェラ(ラウラ・アントネッリ)が現れる。父イグナツィオが「天使だ!」と称える彼女は、可憐でありかつ働き者で、一家の男たちは収まりがつかない。長男アントニオはセクハラと夜這いを企み、父は結婚を迫る。母の葬式で熟女の大きな尻ばかりが気になるような桃色年代のニーノはこれが気に食わない。彼もあの手この手でアンジェラに迫る。

感想

アンジェラが裸体を晒すまで相当に焦らす。序盤はいかにも“少年の視線”という感じで、これがかなりフェティッシュである。下手なヌードよりもエロいのではないかと思う。脚を組んだ時にスカートから覗く太股とストッキングの境目(+ガーター)、掃除中のパンチラ(白)、アンジェラの部屋に忍び込んで嗅ぐ服の匂い(いい匂いがしそう)。これらの優しいエロに興奮できる童貞的精神を、三十郎氏はいつまでも忘れまい。ちなみに、三十郎氏は「おっぱいおっぱい」と喜びながら映画を観ることを「思春期的鑑賞法」と名付けている。非モテを極め、画面外のおっぱいから遠巻きにされ続けた者のみが達することのできる悲しくも気高い境地である。

アンジェラと父との結婚話が進み、微笑ましいエロガキから強情なセクハラ野郎へと変貌するニーノ少年。その行動は好きな女の子への悪戯の範疇を優に超えている。羨ましいやら腹立たしいやら。エロガキではなくクソガキな姿は見ていて気持ちのよいものではない。もっともこの見境のなさが“衝動”なのだろう。なお、アンジェラが「見たけりゃ見ろ」とパンツを見せるシーンはちっともエロくない。同じ布なのに不思議である。少年時代にあれを経験してしまうとド級のセクハラ親父に成長しそうだが、案外自信を持って女性と接するようになれたりするのか。

そして遂に露わになるアンジェラの裸体。着衣状態では奥ゆかしく見えていたのに、脱ぐと凄い。思わず息を呑む豊満さである。このギャップが堪らない。彼女が一枚、また一枚を服を脱いでいく至福のひとときは、“目が離せない“を通り越して瞬きができなかった。思わず股間に手が伸びるポルチェロの情動が生々しい。序盤のフェティッシュを全て吹っ飛ばして、「やっぱりおっぱいが一番だ」と自分に正直になれる瞬間であった。

最後はアンジェラの方からニーノに跨って初体験に至る。どれだけ猛烈に女体に憧れていようと、少年には大人の女性に自ら行為を迫る度胸はないということだろうか。思えば「裸が見たいの?」と言い出したのもアンジェラであった。少年は意気地なしである。綺麗なお姉さんに優しく手解きされたいというのが青少年の願望なのだ。こうして考えると、本作は少年というものをよく理解して作られている。

嵐の夜に裸にされたアンジェラが開き直り、懐中電灯を持ったニーノが彼女を追いかけるシーンは、BGMが違っていたら完全にホラーの映像だと思う。

ニーノは、お尻の大きな未亡人の熟女にも誘惑され、友人のセクシーな姉ルチアナ(ティナ・オーモン)にも誘惑されている。なんて羨ましい!なんてけしからん!思春期の性欲であれば熟女にも屈するのではないかと思うが(最終的に関係を持った?)、それは置いておいて、ルチアナもかなりの美人である。彼女に自転車の乗り方を教える時に、ニーノの手はお尻に触れ、おっぱいが腕に当たっている。友人のお姉さんという羨ましすぎる属性のおまけ付きである。アンジェラさえいなければ完全に熱を上げ、この感触を心の支えに余生を過ごしただろう。

青い体験(字幕版)

青い体験(字幕版)

  • 発売日: 2015/08/26
  • メディア: Prime Video