オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『アサイラム 監禁病棟と顔のない患者たち』

Eliza Graves(Stonehearst Asylum), 112min

監督:ブラッド・アンダーソン 出演:ジム・スタージェスケイト・ベッキンセール

★★★

概要

患者に乗っ取られた精神病院。

短評

エドガー・アラン・ポーの『タール博士とフェザー教授の療法』の映画化作品。短編だという原作にどの程度忠実な展開なのかは分からないが、『シャッター アイランド』等の後世の作品に大きな影響を与えていそうな話だった(ベン・キングスレー繋がりも)。「患者が医師や職員に成りすましている」という最後のどんでん返しに使われそうなネタが早い段階で確定するため、ミステリー要素はなくスリラーである。とは言え、「このまま素直に終わることはないだろう」と思った通りにどんでん返しが用意されているものの、物語の見方をひっくり返してしまうような驚きはなかった。

あらすじ

1899年のイギリス。オックスフォード大学の医学生エドワード(ジム・スタージェス)が、実習のため僻地にある精神病院を訪れる。その病院では院長ラム(ベン・キングスレー)の方針で鎮静剤不使用という先進的な治療が行われており、エドワードは感銘を受ける。一方で、職員の様子がどこか可怪しい。ある夜、エドワードはイライザ(ケイト・ベッキンセール)という患者から「今すぐここから逃げろ」と告げられれる。

感想

元が軍医だけあって堂々と医師然と振る舞うラムはともかく、やけにおどおどしていて頭の弱そうなナースのミリー(ソフィー・ケネディ・クラーク)を見れば、一発で病院が“普通”ではないことが分かる。職員と患者の入れ替わりがオチではないと分かるのだが、エドワードが地下牢で発見する真・院長ソルト(マイケル・ケイン)や職員の言い分が、冒頭の授業で精神病者の言い分として紹介されているものそのものなので、ここは一旦留保される(すぐに確定してしまうが)。

ここで重要なのは、どちらが医者か患者かという点ではなく、どちらに“正しさ”があるかという点である。エドワードが入れあげる美人患者イライザは、正常な精神の持ち主のようでありながら、ソルトたちを「野蛮」と糾弾する。ソルトたちは(精神病院にありがちな)人権を無視した無茶苦茶な治療を行っていて、ラムが反旗を翻した形になっている。事実、ソルトの下では口もきけなかった患者が自由と役割を与えることで症状の改善を見せており、ラム側の言い分にも一理あるわけである(もっとも彼らは彼らで当然に異常だが)。「朱に交われば云々」というやつで、精神病院には立場の問題とは別の「どちらが患者なのか分からない」問題が存在する。正気と狂気は紙一重である。

「ヒステリー」という言葉はギリシア語の「子宮」に由来するそうである。つまり、ヒステリー持ちの精神患者とされているイライザは本当に病気というわけではなく、恐らく夫に歯向かった自衛行為を病気に認定されてしまっただけなのだろう。女性が男性に反抗するのは異常であると。ヒステリーという言葉そのものが女性を抑圧するために定義された面があると推測できる。本作が問う「精神病とは何か」を象徴する存在であった。『博士と私の危険な関係』という映画が似たような題材を扱っている。

人里離れた森の奥に霧に包まれた病棟がぬっと姿を現す不気味さが素敵である。精神病院には、患者たちの言動の気味の悪さに加え、監禁・拘束用の設備が揃っていることから、おどろおどろしいホラー的な舞台としての魅力がある。また、何が行われているのか分からない“得体のしれなさ”もあるが、これは我々“健常者”がその存在や問題を直視しようとしないのが理由でもあるだろう。本作では「良家の恥」として追放に近い扱いを受けていた。

アサイラム」と言えば、かの有名な映画製作・配給会社を思い出すが、同社の映画によって多くの観客たちの映画的正気が揺るがされ、狂気から帰ってこられない者も多い。

ポオ小説全集 4 (創元推理文庫 522-4)