オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『イット・カムズ・アット・ナイト』

It Comes at Night, 91min

監督:トレイ・エドワード・シュルツ 出演:ジョエル・エドガートン、ケルヴィン・ハリソン・Jr

★★★★

概要

パンデミックの成れの果ての世界で生活する話。

短評

“この時期”に“この映画”をプライム会員特典入りさせるというのは、狙っているとしか思えない。Amazonの担当者の悪趣味が極まっている。おかげで怖い思いと嫌な思いの両方をした(これは褒めている)。心霊もののホラー映画なのかと思ったら(そういう風に匂わせはする)、どちらかと言えば心理スリラー寄りである。本作が極端な状況を設定して暴こうとしたのはもっと暗喩的な話のはずなのに、現実世界の状況の方が映画に近づいてしまうなんて……。「『コンテイジョン』はリアル過ぎるし、今はやめておこう」と思っていたら、こんな形で不意討ちを食らってしまった。

あらすじ

とある感染症の爆発した世界。発症者に助かる見込みはなく、家族が射殺して火葬するという処理方法を採っていた。ポール(ジョエル・エドガートン)一家は人里離れた森の奥に住み、家の外ではガスマスクを着用する生活を送っている。ある夜、家に侵入者がやって来る。ウィルと名乗る男曰く「空き家だと思った。水が欲しい。代わりに食料を提供できる」とのこと。家族会議の結果、「別の襲撃に備えて仲間は多い方がいい」ということになり、ウィルの妻子を迎え入れて共同生活をはじめる。ルールはいくつかあるが、最も大切なのは唯一の出入り口である赤い扉を施錠を解かないこと。

感想

冒頭のお爺ちゃんの処理シーン。ゼーハーと苦しむ老人を(銃で)安楽死させ、ガソリンをぶっかけて火葬。まるでゾンビの正しい処理方法である。ポールたちがガスマスクを装着しているため感染症らしいと分かるのだが、「パンデミックの中でも凶悪なバージョンだと、このシナリオもありうるのか」と。今だけは「ゾンビ映画みたいだ」と喜んでいられない悲しいリアリティがある。その後、深夜の来客のシーンがあり、感染症に対する備えと略奪者に対する武装の両方が必要な世界を見せられて嫌な気持ちになった。この直接的な恐怖が主体ではないはずなのだが、これはこれで怖い。ガソリンでよく燃える死体は京都の事件を思い出させて、こちらも嫌な気持ちになった。

本作における“イット”は、恐怖そのものではないかと思う。夜、つまり闇という得体のしれない場所から人間の心にやって来る根源的な感情のことである(やはり根源的な恐怖は幽霊や呪いのオカルトでなくとも成立する)。よく「恐怖は感染する」と言うではないか。きっと人が恐怖を感じている状況での行動や心理こそが本作のテーマなのだろう。

登場人物は皆恐怖を感じているわけだが、重要なのは二人。一人は、一家の長ポール。ウィル一家に心を許したかのように見えたが、心の内は「家族以外は絶対に信用するな」である。恐怖を感じている人間の間で信頼関係は成立しえない。自分たちを守るためであれば暴力も許される。「疑念」と「暴力」の原因が恐怖である。この「疑念」は現在も様々な形で見られる。よほど冷静で専門知識があるか、ノータリン的楽天家でない限り、皆多かれ少なかれ「疑念」に踊らされていることだろう。父がこれだけ「ヤバいヤバい」と警戒しているのだから、その恐怖は当然家族にも影響を与える。

もう一人は、息子のトラヴィス。彼は恐怖に狂わされた人である。明示されているわけではないが、赤い扉を開けたのは彼と解してよいのだろう。というよりも、それ以外に思い浮かばない。不眠症で悪夢をよく見る彼が夢遊病者で、本人の気付かぬ内に色々やったと解するより他にない。「精神異常」の原因が恐怖である。恐怖が「暴力」や「精神異常」の行動へと変化するのをどうすれば防げるだろうか。17才で家族以外とは没交渉だった色々と持て余している青年の前にキム(ライリー・キーオ)みたいな綺麗なお姉さんが現れて旦那とよろしくやっていたら、恐怖とは別の理由で精神に異常をきたすと思う。

“何か”が実際にやって来る系の映画ではないと途中で察したため、超常現象か侵略者の存在が必要となる瀕死の犬スタンリーが腑に落ちなかったが、帰巣本能で戻ったところをトラヴィスがやったのか。愛しの主人が犯人だなんて。可哀想なワンコよ……。マスクなしで外出している悪夢も恐らく現実なので、そこでトラヴィスは感染したのだろう。ウィルの息子アンドリューが感染したのかは明示されなかったが、ウィル一家が逃げようとしていることからも感染はほぼ間違いない。感染ルートが(犬→)トラヴィス→アンドリューということになるが、トラヴィスが感染源ならポールとサラも感染していると思う。

ラヴィスの部屋に飾ってある絵画はブリューゲルの『死の勝利』。ペストの流行を描いた作品である。そんな物騒なものを飾っていたら気が滅入るだろうに。だから必要以上の恐怖を感じてしまったのではないか。もっとも本作の感染力と状況であれば、“必要以上”とは言い切れないような気もする。

現実世界の方に話を戻すと、一度心に巣食ってしまった恐怖から人は、世界は立ち直れるのだろうか。恐怖が生み出した疑念を拭い去り、再び元の日常へと戻れるのだろうか。仮にコロナ禍が収束したとして、生活圏レベルでは決して協調しえない他者への不審が残り、越境レベルでは部外者が得体のしれない存在として認識されないだろうか。この点をクリアできなければ、人類がウイルスに対する戦争に勝利したと言えまい。

それにしても、アメリカ人という奴らは、こんな窮状であっても食事を完食せずちょい残しするらしい。もったいない精神を持て。

イット・カムズ・アット・ナイト(字幕版)

イット・カムズ・アット・ナイト(字幕版)

  • 発売日: 2019/03/08
  • メディア: Prime Video