オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ピータールーの虐殺』

Peterloo, 154min

監督:マイク・リー 出演:ロリー・キニア、マキシン・ピーク

★★★

概要

選挙権を求める抗議集会に集まった民衆が軍に蹴散らされる話。

短評

1819年にマンチェスターのセント・ピーターズ・フィールドで起きた事件の映画化。事件はその悲惨さから、「ワーテルロー(Waterloo)」の英語読み「ウォータールー」になぞらえて「ピータールーの虐殺」と呼ばれている。現在我々が当然のように享受している選挙権が、どのような歴史を経て獲得されたものなのかの一端を学べる一作である。プライムビデオではAmazonオリジナル作品『ピータールーの虐殺』として配信されているが、日本国内では『ピータールー マンチェスターの悲劇』というタイトルで昨年8月に劇場公開されている。一体どんな権利関係が?

あらすじ

ワーテルローの戦いでナポレオンを破り、ナポレオン戦争に終止符を打ったイングランド。戦いを率いたウェリントン公爵への莫大な報奨が議会で可決される一方で、帰還兵には職がなく、庶民は貧困に喘ぎ、恣意的な裁判により虐げられていた。地主の利益を守るため海外からの穀物輸入を禁止した穀物法により我慢が限界に達し、労働者たちは自らの代表を議会に送り込もうと選挙権を要求する活動をはじめる。広がりを見せる活動はあくまで平和的なものであったが、マンチェスターでの大規模な集会で悲劇は起こる。

感想

抗議活動は、女性や子供も来るような平和的な集会である。地元の急進派は不満を口にし、弾圧する口実を捏造したい支配階級から送り込まれたスパイが暴力に訴えろと煽るものの、自らが地主でもあり有力な活動家であるヘンリー・ハントはあくまで無血の解決方法に拘り、最終的には武器の携帯すら許可しない彼の意向が優先されたはずだった。

それでは、何故虐殺が起きてしまったのか。支配階級がビビったのである。流血により達成されたフランス革命から20年。庶民を怒らせるとどうなるのかを知ってしまったが故に過剰反応したのである。王太子に投げつけられた芋は「石だ!いや、空気銃だ!」と喧伝され、危機感を煽られた状態で法的根拠なきままに集会の鎮圧が指示されてしまった。この愚かしさよ。庶民の誠意が支配階級に伝わるなんていうのは、所詮幻想でしかないのだ。

非暴力を貫く手法は一見高潔に思えるが、両陣営のパワーバランスに圧倒的な不均衡がある場合、暴力の独占を崩す必要があると思うこともある。「暴力は絶対にダメ」という発想そのものが支配者に飼い慣らされた結果なのではないかと。もし彼らが武器を手に取っていたらどうなったのだろう。ワーテルローからの帰還兵ジョセフだって、フランス人なんかより自国の悪辣な支配者を打倒したかっただろうに。しかし、現代に生きる我々は(勝ち取ったものではなく降って湧いたものだとしても)選挙権を有しているわけで、議会に代表を送り込むことの意義は常に意識されて然るべきだろう。

現代の感覚だと、「全ての男性に選挙権を!」という活動に対して、女性集会が「男性を支えましょう」と決議している姿には違和感がある。しかし、そこで「じゃあ、これもあれも」と言い出して意見がまとまらないと、仲間割れを起こして本来戦うべき相手を利することになってしまう。価値観の多様化した現代で頻発している光景である。選挙権の獲得に向けて不満を飲み込んだ当時の民衆のように、我々は「最も重視されるべきは何なのか」を見極める必要がある。

ピータールーの虐殺 (字幕版)

ピータールーの虐殺 (字幕版)

  • 発売日: 2020/02/04
  • メディア: Prime Video