オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『イル・ポスティーノ』

Il Postino(The Postman), 113min

監督:マイケル・ラドフォード 出演:マッシモ・トロイージ、フィリップ・ノワレ

★★★★

概要

亡命詩人と郵便配達人の友情。

短評

素朴なイタリア男がチリから来た詩人に愛の言葉を教わる話である。イタリア男が皆陽気で口の上手い好色家というわけではないらしく、口下手な主人公が初めて詩に触れた純粋な感動が伝わってくる。詩人との交流は示唆的でありかつユーモラスで、島の美しい自然を背景に穏やかな時間の流れる一作だった。

あらすじ

漁師の息子のくせに船に乗れないので臥薪嘗胆の無職生活を送る中年男のマリオ(マッシモ・トロイージ)。そんな彼の住む島に、チリ政府から迫害を受けて亡命してきた詩人のパブロ・ネルーダフィリップ・ノワレ)が滞在することになる。周囲で唯一読み書きのできたマリオは、パブロへの郵便物を配達する臨時の職を得る。最初はパブロの女性人気に目をつけて著作にサインをもらおうと近付くマリオだったが、詩そのものに興味を持つようになり、二人は交流を深めていく。

感想

マリオは素朴な男なので、著者に対して「これはどういうこと?」と直截に質問できる。それに対するパブロの答えが「君が読んだ詩を別の言葉では表現できない」というもので、これは当を得ていると感じた。対するマリオの感性にも鋭いところがあり、「人間であることに疲れる」という一節に対して「そんな気がすることが時々あったけどうまく言えなかった」と賛辞を寄せている。この二点が、詩──つまり言葉を扱う創作活動の意義だという気がする。

詩を通じてマリオとパブロが仲良くなりはじめた頃、マリオは居酒屋の巨乳店員ベアトリーチェマリア・グラツィア・クチノッタ)に一目惚れする。彼女がテーブル・フットボールのボールを口に咥えてマリオにプレゼントする桃色描写は一体何なのか。その夜、大切そうにボールを手にするマリオの背景には、ボールと同じく真ん丸の満月が浮かんでいる。マリオが彼女に送る詩の中にはパブロからの盗用が含まれているのだが、それを咎めるパブロに対するマリオの「詩は書いた人のものではなく必要な人のものだ」という返しも鋭い。二人でベアトリーチェのいる店を訪れて、パブロが親友&詩人アピールで後押ししてくれるシーンにニヤリとさせられる。

パブロに「この島の美しいものは?」と問われて「ベアトリーチェ・ルッソ」としか答えられなかったマリオが、その会話の録音を聞き返して、島の美しさ、そしてパブロが自分に残してくれたものに気付く展開は秀逸である。『パターソン』でも同様だったが、詩作とは“見る”という行為の延長なのだろう。いかに周囲を観察し、表現するのかが肝要であるらしい。「詩人になるにはどうすればいい?」とマリオに問われたパブロも「入り江に向かって浜辺を歩いてみろ」と返していた。詩情は元より周囲に存在している。後は自分が詩として表現できるか否か。

終盤の展開は切なかったが現実はもっと切ないことになっていたようで、マリオを演じたマッシモ・トロイージは撮影終了直後に亡くなったそうである。重い心臓病を押しての撮影だったとか。マリオがベアトリーチェやマリオに遺してくれたものがあるように、トロイージにも本作を通じて観客に残してくれたものがあると思う。それは世界を観察する目に変化を与え、いつの日か詩となって表出するのかもしれない。

三十郎氏も“別の言葉では表現できない”言葉遣いをしてみたいものだが、頭に浮かぶのは凡庸か自分でも理解不能な言葉ばかりである。これではベアトリーチェの如き美女に愛の言葉を送る日は到来しそうにない。いや、きっと因果が逆なのだ。必要としていないから表現もできないのだ。きっとそうだ。そうであってくれ。

パブロ・ネルーダは見事にノーベル賞を受賞したそうである。

イル・ポスティーノ(字幕版)

イル・ポスティーノ(字幕版)

  • 発売日: 2016/07/06
  • メディア: Prime Video
 
Burning Patience (A Graywolf Discovery)

Burning Patience (A Graywolf Discovery)