オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ダージリン急行』

The Darjeeling Limited, 91min

監督:ウェス・アンダーソン 出演:オーウェン・ウィルソンエイドリアン・ブロディジェイソン・シュワルツマン

★★★★

概要

三人兄弟が母を訪ねてインドを旅する話。

短評

かつて三島由紀夫が「人には二種類ある。インドに行ける人と行けない人だ。インドに呼ばれる時期も決まっている」と言ったとか言ってないとか。真偽は不明であるが、三十郎氏は本作を観た数年後に勝手に呼ばれたことにしてインドに行ってしまった。本作こそが三十郎氏をインドへと誘った一作なのである。インド一周を目指したにも関わらず、「もうカレー食べたくない」と戦略的撤退という名の逃亡を決めた顛末を考えれば実は呼ばれていなかったのではないかと思うが、それはまた別の話である。ともかく三十郎氏にとって特別な一作なのである。

あらすじ

フランシス(オーウェン・ウィルソン)、ピーター(エイドリアン・ブロディ)、ジャック(ジェイソン・シュワルツマン)のホイットマン三兄弟。彼らは父の急死以降疎遠になっていたが、フランシスの提案で共にインドを旅することになる。フランシスは兄弟に内緒にしていたが、彼らの母がインドの僧院にいることを突き止め、彼女を訪ねるという目的もあった。

感想

画面構成の素晴らしさについては、他のウェス・アンダーソン作品の感想でも触れている通りである。永遠に眺めていたい程に惚れ惚れする。他作品においても鮮やかな色彩感覚が印象的であるが、インドという国はこの色彩感覚を自然に溶け込ませる力があったように思う。ジョードプルの街の壁はブルーに彩られ、女性は美しいサリーを着て歩いている。インドの色彩もまた独特なのである。その一方で砂漠の荒涼とした風景も描かれ、乾いた空気の自然と緻密に設計された人工が見事に調和した一作となっている。

それはストーリーにも同じ事が言える。三兄弟の不和と仲直りの物語は非常に人工的でありながらも、嫉妬や密告に見られるような微妙な距離感はリアルに感じられる。ウェス・アンダーソンの作品はどれも一風変わったポップなコメディとしての印象が強いが、描かれる感情が現実に即しているために単なるオシャレ映画として終わらないのだと思う。きっと旅先はインドでもどこでもいいのだろう。本人にとって未知であることだけが重要なのである。兄弟で時間を共にし、時には喧嘩して本音をぶつけ、折角会えたのに逃げる母を見る。そこに至って彼らは初めて大量の荷物(ルイ・ヴィトンマーク・ジェイコブスのコラボ)に象徴される重荷(=父の死)を捨て去り、未知に飛び込む(=新たな一歩を踏み出す)準備が整うのである。

本編前の『ホテル・シュヴァリエ』は、パリのホテル・ラファエルで撮影されたのだとか。一泊分の価格でインドで一ヶ月過ごせる高級ホテルである。こちらの聖地巡礼は厳しそう。ナタリー・ポートマンが全裸になっていて驚いた。ジャックが勝負曲として使用しているのはPeter Sarstedtの『Where Do You Go to My Lovely』。リタ(アマラ・カラン)が客室に一服しにきた時にも流している。彼女の「Don't come into me.」はとってもセクシーである。ジャックが彼女に告げる「次に会う時までに考えておくよ」も格好いい。もっともエアコンなしの格安車両(SLEEPERクラス)を利用していた三十郎氏は「Sweet Lime?」と問い掛けられることもなかったし、「チャーイチャーイ」と喧しい物売りに悩まされていた。

ピーターがビル・マーレイを追い越して列車に飛び乗るシーン、白装束で葬式に向かうシーン、そして最後の三人が荷物を捨て去りながら列車に飛び乗るシーン。これら三度のスローモーションがとても美しかった。

ピーターは「この国のスパイスの匂いが好きだ」と話していたが、三十郎氏は「お菓子を食べてもスパゲティを食べてもスパイスの匂いがする」とノイローゼ気味であった。きっとインドでは空気中に大量のスパイス粒子が漂っており、鼻腔の粘膜やあらゆる食材に浸透しているに違いない。

本作がラジャスターン州のジョードプルジャイサルメール間を何度も往復して撮影されたという情報を得ていたので(ラジャスタン州はインド北西部であり、北東部のダージリンは全く出てこない)、その二都市間を鉄道で旅したことに三十郎氏は大いに満足した。しかし、本作の最後に登場するのはウダイプールのザワール(ZAWAR)という駅である。なんと迂闊な!こんな初歩的な見落としがあったとは……。やはり当時はまだインドに呼ばれていなかったのだ。映画を観ていると、「もう二度と来ることはないかな」と思っていたインドにまた行きたくなるし、本作を巡る三十郎氏の“心の旅”も完結していなかったことが分かる。いつかまた呼ばれた気のする日が来るのだろうか。旅人的挫折となった失態を乗り越えられるのか。

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ダージリン急行 (字幕版)

ダージリン急行 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video