オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ドルチェ 甘い被写体』

Broken Side of Time, 127min

監督:ゴーマン・ビチャード 出演:リン・マンチネッリ、オードリア・エアーズ

★★★

概要

引退を決めたモデルがヌード写真を撮ったり撮られたりしながら旅する話。

短評

エロそうなタイトルの上におっぱいがいっぱいではあるが、意外にも真面目な内容のロードムービーディストーションの効いたエレキギターサウンドや断片的に語られる主人公の過去といった要素が、一昔前のミニシアター系映画の空気を感じさせる(このイメージを作った作品は何なのだろう。『パリ、テキサス』のサントラはどうだったか)。一人のヌードモデルを通じて、「撮る」という行為や「撮られる」という行為に迫っていく一作である。

あらすじ

18歳の時にヌードモデルの仕事を始め、10年のキャリアを誇るドルチェ(リン・マンチネッリ)。彼女はモデル稼業を引退し、実家に戻ることを決意する。その道中、かつての仕事仲間や会ってみたかったカメラマン、そしてネット広告を出しているアマチュア・カメラマンたちと最後の仕事をしていく。

感想

「芸術として撮っていても乳首が写っていればエロく見る人がいる」という台詞があるように、三十郎氏はおっぱい自体を性的に感じるが、撮影風景は全く扇情的ではなかった。最も扇情的なのはバーのトイレでドルチェが自分の手を舐めて男のモノを奮い立たせるシーンなのだが、ドルチェは直後のシーンで激しい嫌悪感に襲われている(次に扇情的なのはバーで知り合った女性歌手と手を重ねるシーンだと思う)。

本作が彼女について語る部分は決して多くないが、彼女は裸を見せるヌードモデルの仕事が嫌になったわけではなく、仕事に付随するアルコール、ニコチン、ドラッグ、セックス漬けの自堕落な生活が嫌になったのだと想像できる。ドルチェは件のセックスの後に禁酒禁煙を断行し、映画の焦点は写真家の方に移行しはじめる。

最初は単純な緊縛や「Yes, yes, wonderful!」と興奮するGWC(Guy With Camera。写真を理解していないただ撮りたいだけの──つまり三十郎氏のような男)によるエロ目的の撮影だったのに対し、モデルの全身に彩色して背景の絵画と一体化させたり、風変わりなカメラを用いる写真家が登場して、自身の芸術への姿勢を語っていく。

ヌード写真に「エロ」と「芸術」の二面性があるように、ヌードモデルにも「性的に消費される」ことと「芸術への参加」の二面性がある。ドルチェは、その狭間で自堕落な生活へと走ってしまったが、一連の撮影を通じて次の一歩を踏み出した──というのが本作の大まかなところではないだろうか。

三十郎氏も写真を撮るのが好きなのだが、人を撮るのは苦手である。風景を主題にして、その中に人がいる場合はいいアクセントになる感じがするのに、人を主題にすると途端にバランスが崩れる。背景をボカして人を大きく切り取る以外の選択肢が思い浮かばない。作品や自分向けの記録としての写真撮影以外で重要となるのは記念写真の腕前ではないかと思うのだが、実はこれが難しい。特に観光地で有名な建物と人の両方を写したい場合──創造性という言い訳が使えない状況における構図の正解が全く分からない。

被写体の情報が増えるほどバランスを取るのが難しいのはプロも同じらしく、本作に登場する写真にもいくつか写真全体のバランスが上手くいっていないと感じられた。そもそも人間の身体というもの自体が周囲と調和しないのではないだろうか(それなのに魅力的に感じることもある)。Kindle Unlimitedのお試し期間中に大量の桃色な写真集を眺めている時にも同じ事を考えていた(主に脚の短さを誤魔化すために膝から下を切り取る縦構図のカット。上には無意味な隙間があるのに下は切れている。かと言って全身を写すと被写体が小さくなるか顔が画面の隅に追いやられてしまう)。写真ってやつは難しい。

ドルチェ 甘い被写体

ドルチェ 甘い被写体

  • 発売日: 2018/09/14
  • メディア: Prime Video