オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ギヴァー 記憶を注ぐ者』

The Giver, 97min

監督:フィリップ・ノイス 出演:ブレントン・スウェイツ、ジェフ・ブリッジズ

★★

概要

記憶が封印された社会で記憶を受け継ぐ職業の話。

短評

ユートピア的管理社会に対して主人公が「No」を突き付けるというよくある話である。児童文学が原作らしく、コミュニティを悪意あるディストピアとまでは描き切らない緩さが特徴だろうか。『ロスト・エモーション』の「感情が排除された」という状況に似ており、同じ様にその状況がどういうものなのかを上手く説明できていない。従って、最後まで何をしているのかよく分からず、とても退屈だった。

あらすじ

荒廃後に作られたコミュニティ。そこは平等で争いもなく、家族や職業を長老(メリル・ストリープ)により管理され、投薬により記憶や感情も制御されている。ジョナスはレシーヴァー(記憶の器)の職に任命され、前任者のギヴァー(ジェフ・ブリッジズ)から世界の記憶を受け継ぐことになる。人類の歴史や感情を知った彼は、コミュニティの体制に疑問を抱く。

感想

「記憶を封印している」という行為自体がどういうことなのかは正直分からないが、つまりはコミュニティの存続にとって不都合だと考えられているのだろう。それなのにどうしてギヴァーという職業があり、それを受け継ぐ者がいるのだろうか。前任者を幽閉して後任を選ばなければいいだけの話ではないだろうか。そもそもの設定が甘く、それに対する展開も甘い。説明不足なのか、それとも原作通りなのか。どうにもノレない話である。ラストなんて理屈になっていない理屈で解決されてしまって、置いてけぼり感しかない。結局全部性欲である。フィオナ(オデイア・ラッシュ)が可愛いだけの話なんだ。

コミュニティは差異や争いがないということになっているが、序盤に赤ん坊の体重を競うシーンがあるように「競争」の概念がないわけではないらしい。ジョナスの母親役(ケイティ・ホームズ)は、禁止用語を耳にすると「怒り」の感情を見せている。「愛」を禁じて家族という制度をなくしているのに、家族ユニットという疑似家族を用意するのは矛盾していないのか(兄弟という単位があるからこそ発生する争いだってある)。そもそも皆外見に差異がある。この辺りは不徹底感があって、描かれている世界がどういうものなのか掴めなかった。

この手の話は「争いをなくすために制限を掛けましょう」派と「それらも含めて人間なのだ」派の二者択一であり、前者の立場で描かれた話を三十郎氏は知らない。バランスの問題を無視して後者ばかりが正しいとすることもまた一方的な刷り込みにはならないのだろうか。こうした管理社会が成立した過程は「荒廃」の一言で片付けられがちだが、その過程こそ知りたい気もする。守旧派と新体制派の戦いには、バランスがどちらかに極端に傾くまでの心理的葛藤があるだろう。

モノクロの世界が、ジョナスが過去や感情を知ると共に色付いていく。自分が変わると世界の見え方が変わるというのはよくあることだと思うが、同じものを見ても定義する言葉を知っているかどうかで視覚的な認識が違うというのはどうなのだろう。煌めく水面を見てジョナスは感動するが、フィオナは「ただの水」と断ずる。前者にはカラー、後者にはモノクロに見えている。この演出だと、そもそも違うものを見ているような感じになると思うのだが。

詰まるところ、「人間から感情を排除する」という行為自体に無理があるので、それを達成した社会を描くことも無理なのだという気がする。

元ネタになっているらしい聖書のエピソードや、ちょい役として出演しているテイラー・スウィフトには気付けなかった。

ギヴァー 記憶を注ぐ者

ギヴァー 記憶を注ぐ者