オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ヴィオレッタ』

My Little Princess, 106min

監督:エヴァ・イオネスコ 出演:イザベル・ユペール、アナマリア・ヴァルトロメイ

★★★

概要

母親にヌード写真を撮られる美少女の話。

短評

ヴィオレッタちゃん超可愛いよぉおおお!!!!!」なんて喜んでいてはいけない映画。もっとも彼女の性的搾取の主体は世のロリコン男どもではなく母親である。それ故の葛藤が主題である。しかしながら、それでも性的に消費するロリコンもいるだろうし、彼女の写真がアート界隈で評価されていたと言っても「アート界隈の連中が自分たちのロリコン趣味を正当化しただけだろ」という気がしなくもない。だって自伝的な内容の本作を撮った監督が、女優としてロマン・ポランスキーの映画に出演しているのだから。

あらすじ

ヴィオレッタ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は、芸術家気取りで何をしているのかよく分からない人な母アンナ(イザベル・ユペール)と曾祖母との三人で暮らす少女である。何をしているのか分からない母は多忙であまり構ってくれないが、ニコンのカメラを入手して、ヴィオレッタをモデルに撮影するようになる。初めは楽しい撮影だったが、徐々に衣装やポーズが過激化していき、ヌードを撮るようになる。

感想

ヴィオレッタを演じるアナマリア・ヴァルトロメイは怖いくらいに可愛い。監督本人の実際の写真とは比較するのも烏滸がましいくらいに可愛い。完全に完成された美しさである。これは少々どころではなく美化し過ぎではないですか、監督さん。流石にヌード撮影のシーンはないとは言え、彼女は結構際どい衣装を身に付け、ポーズを取り、成人男性とキスもしている。当然そういう目で見る者も出てくるだろう。監督は母による撮影で心に傷を負ったはずなのに、彼女に対して同じことをするのは問題ないのだろうか。「母とは目的が違う」と言っても、母親だって一応は「芸術のため」というお題目があっただろうに。三十郎氏には本質的に同じ行為に思える。

ヴィオレッタが羞恥心を伴いながらも母の要求に従ったのは、母との親密な時間が嬉しかったからだろう。そこにつけ込んだとも言える悪質さがテーマの一つとなっているはず。ここでもう一度子役アナマリアのことを考えてみると、彼女が周囲の期待に応えたくて映画に出演し、監督の要求に応じた可能性はないのだろうか。彼女が自分自身で判断して出演したと言い切れるのであれば、未成年者の判断力が劣ることを理由として児童ポルノを禁じている前提が崩れないか。危うげで退廃的な映像は美しいし、ヴィオレッタの葛藤も興味深いが、映画化という行為については欺瞞を感じざるを得ない。彼女の美しさに頼らない映像化の方法はなかったのか。

上述のように倫理的な問題を解消できていないと思うが、ヴィオレッタの変遷は面白い。母に反発するようになった後も娼婦のようなファッションを続け、決して普通の少女には戻れない。思春期の成長過程は不可逆である。髪を切り、母と決別したところで、全てが元通りになるわけではない。事実、監督も女優として活動を続けたわけで、“普通でない”ことの快感を一度覚えてしまうと、二度と普通には戻れないのだろう。

三十郎氏は自身を“変人に憧れる凡人”と評しているのだが、凡人ほど非凡であることが魅力的に映るものである。本作における“凡人”は母アンナで、だからこそ彼女は問題を認識後も“非凡”であろうとし続けたのではないだろうか。一度認められた“非凡”の肩書を喪失することは恐怖だったはずである。彼女がロリータ服を着た自分を撮影するシーンは痛々しくて見ていられなかった。

ヴィオレッタは母を愛していたが故に傷ついた。果たして母の方はどうだったのだろう。娘を「お姫様」と呼びながらも、学校での公開着替えからも分かるように「人形」扱いしているようにしか思えないところもある。彼女の生い立ちから察するに(あれは実話なのか?)、愛を受けずに育った者による負の連鎖なのだろうか。

ヴィオレッタ

ヴィオレッタ

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