オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『別離』

جدایی نادر از سیمین(A Separation/Nader and Simin), 123min  

監督:アスガー・ファルハディ 出演:ペイマン・モアディ、レイラ・ハタミ

他:アカデミー賞外国語映画賞金熊賞

★★★★★

概要

一組の夫婦の離婚がチェーン・リアクション的に問題を続発させる話。

短評

離婚、介護、宗教、裁判、格差といった要素が濃密に詰まったサスペンスフルなドラマ。恐らくその全てがイラン社会の変化に起因するものだと思うのだが、イラン社会についての知識を持たぬ三十郎氏が何度観ても凄いと感嘆し、同時に深く悩むレベルの一作である。三十郎氏は本作を観て「イラン映画のレベルたけえ!」と驚いたが、恥ずかしながらキアロスタミすら観ていないわけで、これでは黒澤映画だけを観て「邦画すげえ!」と褒めるようなものだろう。日本で観られる本数自体が少ないと起きる現象である。

あらすじ

海外移住を目指す妻シミン(レイラ・ハタミ。ものすごい美人)とアルツハイマーの父を残していけない夫ナデル(ペイマン・モアディ)の夫婦。彼らの離婚調停から物語がはじまり、父の介護を任せたラジエーが流産を起こして裁判に。二つの裁判の行方は……。

感想

イラン社会の変化について三十郎氏が知っているのは、『アルゴ』の冒頭シーンで得た知識の応用レベルである。国王がCIAと組んでやりたい放題だった頃のイランは解放的だったが、やり過ぎてブチギレたホメイニ一派が革命を起こして厳格な宗教国家へ。それから月日が流れて再び変化の波が訪れている──というのが本作の描くイランなのだろう。世俗的なナデル、母国に見切りをつけて海外に活路を見出したいシミン、敬虔な信者のラジエー。きっと彼らはそのままイラン社会の縮図なのである。

そんな彼らの立場がぶつかり合う問題が一筋縄でいくはずもない。彼らは時に相手に対して時に自分に対して嘘をつき(シミンが「娘のため」を強調するのは、自分のための行動であることを自分に対する嘘で覆い隠しているのだと思う)、争いはややこしく泥沼化していく。人は何か問題に突き当たった時、それが解決可能であるという前提を置いて原因を求め、個人や事象に帰責しがちである。しかし、本作で描かれる問題は誰が悪いとも言い難い。「ラジエーのボンクラ夫が悪い」とか「ラジエーやナデルが嘘をついたのが悪い」とか「アルツハイマーの義父をイランに置き去りにするというできるわけのない選択を強いるシミンが悪い」と細部をあげつらうことは簡単である。だが、それらも更に元を辿れば社会や宗教の問題へと行き着き、ある種の必然性を伴っているように思われるのである。

本作を観るのは三度目になるのだが、最後にテルメーの下した結論がどちらなのか全く想像がつかないままである。どちらを選んでほしいという願望すら入り込む余地のない戸惑いだけが残される。判事が両親を退出させる前にチラッと父の方を見る仕草があるので、父の反応をより気に掛けている(=母を選ぶ)ような気がしなくもないが、映画全体と合わせて決定的な要素とは言えないだろう。監督が海外での映画製作に活路を見出したことを考えれば……というのは、映画本編と離れた邪推に過ぎないか。

ラストシーン以外でもテルメーの選択が重要な役割を担っている。彼女は“選べる立場”にあるというよりも“選択を強要”されている感じがする。特にナデルがテルメーに“選ばせる”場面が多く、彼女が自分に不利な選択をできないことを承知の上で、もう一つの選択肢を犠牲にするような選択を強いている印象を受ける。本作の根底にあるイラン社会の変化が生み出した歪みは、単に彼女の家庭だけの問題ではなく社会全体にのしかかっているのだろう。それを押し付けられる象徴がテルメーである。その答えの見えなさは映画の結末同様である。

社会がこれまでと同じようにはいかないこと、変化が避けられないことは分かっている。それによって生じている問題も認識している。しかし、どうしてよいのか分からない。これから先どうなるのかも分からない。これは日本も同じではないだろうか。だからこそイランについてよく知らない三十郎氏にも強烈に響く一作なのだと思う。冒頭で判事がシミンに投げ掛ける「この国の子供には未来がないと?」という問いに対し、我々はどう答えられるだろうか。

ラジエーの娘ソマイェちゃん(キミア・ホセイニ)が滅茶苦茶可愛い。まだ無邪気のはずの彼女が幾度となく何とも言えない表情を見せて、何とも言えない気持ちになる。彼女は上の世代の歪みを見て育ち、遠からぬ未来にテルメーのように社会の一員として選択を迫られるのだろう。

結局、お金はどこに行ったの……?序盤に出てくる家具の運搬代金に消えたのか。それともナデルの父が新聞でも買いに行って持ち出したのか。

劇中の通貨単位はトマン。リヤルと二つあってイランの通貨は分かりづらい。10リヤル=1トマン≒0.03円くらい。介護の報酬30万トマンが9000円、示談金1500万トマンが45万円か。

別離 (字幕版)

別離 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video