オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ハングリー・ハーツ』

Hungry Hearts, 112min

監督:サヴェリオ・コンスタンツォ 出演:アダム・ドライヴァーアルバ・ロルヴァケル

★★★

概要

潔癖で自然派な育児をする母親の話。

短評

妊娠・出産を経て徐々に狂っていく女の姿というものは、こんなにも鬱々しいホラー映画になるのか。ただ、ヴィーガン母の主張があまりに典型的でアレな感じなので、「うわぁ……」とドン引きしながらも少し意地悪な滑稽さを感じる一作である。もっとも夫婦のどちらかが出産を期に本作のような変化を遂げる可能性があると考えれば、当事者たちには恐怖しかないだろう。

あらすじ

扉の壊れたトイレで「うわくっさ!毒ガスじゃん」という最高にロマンティックな出会いを果たしたジュード(アダム・ドライヴァー)とミナ(アルバ・ロルヴァケル)。当然二人は恋に落ち、ミナの妊娠を期に結婚する。可愛らしい男の子が生まれ、幸せな生活が待っているはずだったが……。「医者は治すと言って毒を飲ませる」「身体に自分を守ることを覚えさせる」と主張するミアの狂信的ヴィーガンな育児生活が幕を開ける。

感想

「Aは〇〇だけど、実はBも……」という文脈の場合、Aの問題は表面的なものに過ぎず、本当の問題はBにあることがほとんどである。本作では、頭がイカれたとしか思えないミアがAなので、ジュードの方がBという見方ができなくもない。実は妊娠の経緯からして、転勤を告げられたミアを留めるために「外に出して(Come outside)」という彼女の声を無視して中出ししたのが原因なのである。また、彼女の意向に反して帝王切開を強行したりと、ジュードの支配的な性格がところどころに見え隠れしている。

しかし、赤ん坊のことを考えればミアはどうにも擁護のしようがない。息子をインディゴ・チルドレンだと思い込み、医者を信用しないで独自の育児法に固執する。生後四ヶ月で母乳が止まったので粉ミルクを使用せず断乳。妊娠中に見た夢のせいで本人が開始したヴィーガン生活を息子に押し付けた結果、息子は発育不良に。熱があるのに医者に診せるどころか外にも出したがらない。堪らず医者に走ったジュードが現実を指摘されて動物性タンパク質を摂取させると、ヨラックスなる謎の栄養吸収阻害オイルを飲ませる始末である。

ミアと話し合うことなく「なんとかしよう」と一人で解決策を探すジュードが彼女の病状を悪化させたとも考えられるが、「私を信じて」「あなたは変わったわ」と論点逸しを連発する彼女がまともに耳を貸すとは思えない。

ミアは「息子と引き離されそうになっている弱々しい母親」という同情を寄せられるべき最強ポジションにありながら、同時に「こいつに任せていたら赤ん坊が死ぬ」という忌避すべき最強ポジションにもいるのである。「子供のためを想ってしている」という印籠が全く機能していない。「愛しているから」とレイプする男と同じである(これはジュードに重なるのか)。この状況が絶妙にブラック・コメディ的である。奇怪な行動を続けるミアは完全にホラーだし、ジュード視点だと切迫したスリラーである。しかし、そんな二人の噛み合わない姿を見るのは何故か笑えたりもするのである。それは三十郎氏が完全なる部外者であるが故だろう。

終盤の展開はブラック・コメディ感が極まっている。「もう無理」とばかりに息子を実家に連れ去ったジュードだったが、ミアは児童福祉課を利用して奪還。そして二人は幸せに暮らしましたとさ……的な展開から一発の銃声が響き渡り、もう一度そして二人は幸せに暮らしましたとさ……的な展開で終劇である。「夫婦の方はもうどうなってもいいから息子だけ助かってくれ」となっている三十郎氏からすれば絶妙なハッピーエンドである。重苦しい話の悲しい結末のはずなのに、「もうこれでよかっただろ」というシニカルな気分になる。

結局、彼らはどこで道を間違えたのか。恐らくはうんこ臭い出会いの時点で間違っていたのだ。大本の原因はジュードの中出し強行にあったと考えることもできるが、「結婚式後に会場の一角で交わっていると銃声が聞こえて、外でハンターが動物を射殺している」なんて夢に影響を受け過ぎるミアには元々素養があったとしか思えない。彼らの出会いそのものが、最初から汚い結末へと向かっているのである。トイレでの素敵な出会いにはご用心。

ハングリー・ハーツ(字幕版)

ハングリー・ハーツ(字幕版)

  • 発売日: 2017/03/03
  • メディア: Prime Video