オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ロスト・エモーション』

Equals, 102min

監督:ドレイク・ドレマス 出演:ニコラス・ホルトクリステン・スチュワート

★★

概要

人間から感情が排除された近未来の話。

短評

「人間から感情が奪われたユートピア」という言葉から想起できる物語のパターンは決して多くない。主人公が感情に目覚めてディストピアを破壊するか、そこから脱出するかのいずれかである。本作もそのパターンの映画である。感情がないので起伏に乏しく退屈で、だからと言って人間から感情が奪われると社会がどうなるのかを興味深く描けているわけでもない。物語上の必然として訪れる感情の昂りを、全て喧しい音楽で表現してしまうのは流石に乱暴な演出だと思った。

あらすじ

大規模な戦争により陸地の大部分が失われた近未来。人類は惨禍を繰り返さないため、争いの原因となる感情を排除した人間による共同体<イコールズ>を創造した。感情は病気として扱われ、“発症”した者は安楽死させられている。感情を発症しステージ1にあるサイラス(ニコラス・ホルト)は、同僚のニア(クリステン・スチュワート)が自殺現場を見て動揺しているのに気付き、彼女に惹かれるようになる。

感想

恋愛要素を全力プッシュしてメロドラマ化した『THX 1138』のような話である。そもそも感情って何なのだろうか。反応とどう区別するのだろう。共同体に住む人間は感情を排除されているという設定なのだが、彼らが発症した人間に対して抱く“不安”は明らかに“感情”と呼ぶべきものである。他にも共感や人気といった感情に基づく要素が見え隠れする。本作ではなんらかの方法により感情を制御しているわけではなく、元々ないものとして扱っていることを考えれば、これは妙である。

しかし、この違和感は回収されない。「どうあろうと完全に排除できるものではない」と結論づけることも可能だったろうが、本作はそれを選ぶことなく、あくまで「人間から感情を排除した」という設定を貫き通していた。これは設定の欠陥なのか、それとも演出のミスなのか。いずれにせよ“感情のない社会における感情”を考える上で障害となったのは間違いない。

愛に目覚めたサイラスが「これは“正しい”んだ」とニアに性交を迫るシーンが、なんだか滑稽で笑えた。愛とは結局性欲であり、それを正当化するための言葉なのか。

感情の欠如を表す演出としては、男女のトイレが共用というものが面白かった。恥じらいの感情がなければ分ける必要はないのである。欲情がなければ危険もないのである。

舞台となるコンクリート製の近未来的な建築物は安藤忠雄によるものなのだとか。住民が着ている真っ白な服と相まって、無機質さが印象的である。日本でロケをしても、撮り方次第でこのような近未来感が出せることに驚かされる。近年は国立競技場の選考でやらかしたイメージが強いが、実績は確かな人であるらしい。国立競技場にもこれくらいの近未来感があればなぁ……。

ところで、「イコール」という和製英語の長音符(ー)は、どういう経緯で「コ」と「ル」の間に配置されるようになったのだろう。英語の「Equal」に合わせれば「イ」の後ろに来るはずである。英語以外の言語に由来する言葉なのだろうか。

ロスト・エモーション(字幕版)

ロスト・エモーション(字幕版)

  • 発売日: 2017/07/01
  • メディア: Prime Video