オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『コールド・スキン』

La pell freda(Cold Skin), 106min

監督:サヴィエ・ジャン 出演:デヴィッド・オークスレイ・スティーヴンソン

★★★

概要

孤島で魚人的な怪物とバトルする話。

短評

地底人的な風貌の怪人と死闘を繰り広げるパニック系のホラー映画と見せかけて、多分に隠喩めいた文学的な物語である。原作『冷たい肌』を著したアルベール・サンチョス・ピニョルはカタルーニャ人ということなので、「俺たち人間の方が侵略者なんだ」という劇中の台詞の象徴されるような話なのだと思う。期待していたものとは全然違って困惑したが、スリルもあるし、考えさせられるところもあるしで、興味深い一作だった。

あらすじ

1914年。孤島の気象観測所に着任した主人公(デヴィッド・オークス)。任期は一年間。仕事内容は毎日の風向と風速を記録するだけである(あとは映画さえ観られれば理想的な職場!)。島にいるのは彼と灯台守のグルナー(レイ・スティーヴンソン)の二人だけ。孤独以外は楽勝な仕事のはずだったが、陽が落ちると海から怪物が上陸して攻めてくるという罠が待っていた。

感想

人魚姫と言えば、人間の女性の上半身に魚の下半身がくっついた人間寄りの生き物である。半魚人と言えば、直立二足歩行という人間の特徴を除けば後は魚という怪物寄りの生き物である。本作のクリーチャーはどうか。半魚人と同じく全体像は人間で、手足にヒレと胴体にエラがついている。もうこれは半魚人と呼んでもよさそうだが、彼らの顔が人間的なのである。というわけで、クォーター魚人(長いので以下魚人)ということにしておきたい。

魚人の襲撃は初日の夜に始まる。「なんと出し惜しみのない!」と喜んでいたら、どうやら本作は対決そのものが主題ではないらしい。グルナーは雌の魚人を奴隷のように従えていて、虐待したり犯したりしている。タイトルに“スキン(肌)”とついていることからも分かるように、魚人は人間扱いされていない人間の隠喩なのだろう。我々は肌の色の違う相手を怪物と見做すが、向こうから見れば我々の方が怪物なのである。

本作はそんな『闇の奥』的帝国主義の物語に(舞台は第一次世界大戦期)、ゾンビ映画のアクションが乗っかっている。主人公たちの立て籠もる灯台をよじ登る魚人たちの姿は『ワールド・ウォーZ』の(イスラエルでの?)壁超えを思い出させる。なかなかの迫力である。魚人は夜にしか現れず、また灯台の光だけが頼りで周囲に何もないという状況がスリルを煽る。地底人的なビジュアルの怪人が出てくると、それだけで笑ってしまうことも多いのだが、本作の魚人たちにはちゃんと現実感があって良かった。

果たしてヒトではない種族の乳房をおっぱいとして扱うべきなのか否か。グルナーのように異種姦に抵抗のない人物であれば、確かにそれはおっぱいにしか見えないだろう。しかし、アネリスの全体像と言うかシルエットは人間的でありながら、青い肌や硬そうなそれを三十郎氏はおっぱいと認めづらい。アネリスの中の人であるアウラ・ガリードは美人であるため、彼女が演じていると事前に認識していれば違った感想になったかもしれない。三十郎氏にはおっぱいがよく分からない。

コールド・スキン(字幕版)

コールド・スキン(字幕版)

  • 発売日: 2018/12/04
  • メディア: Prime Video
 
冷たい肌

冷たい肌