オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『世にも奇妙な人体実験の歴史』トレヴァー・ノートン

Smoking Ears and Screaming Teeth: A Celebration of Scientific Eccentricity and Self-Experimentation/Trevor Norton

概要

自分を被験体にして実験する話。

感想

自説が正しいのであれば実験を行っても命の危険はないはず。という危険な理屈に基づいて、自身を被験体とする人体実験を敢行したマッド・サイエンティストたちの物語である。正に天才と狂気は紙一重紙一重の狂気側にあった人々の蛮勇こそが、医療や科学の歴史を進歩させてきたのである。彼らに賛辞を。

自身の陰茎に傷を付けて淋病患者の膿を塗ってみた稀代の天才外科医ジョン・ハンターにはじまり、麻酔薬の効果や適量を調べたり、コレラ菌入りの水を飲んだり、体内で寄生虫を飼ってみたり、海に潜ったり空を飛んだりと、実験の内容は様々である。イギリス人の著者による文章が大変に皮肉の効いていることもあり、現代の常識からすれば「こいつら頭おかしい」行為に満ち溢れている。間違いなく命懸けの危険な実験のはずなのに、あたかも愉快な冒険であるかのように読ませるのが本書の面白さである。

最も三十郎氏の興味を惹いたのは第15章。そこには次のように記されている。

一九一六年、ニューヨークのアメリカ自然史博物館は、「我が国の海岸でサメに襲われる危険は事実上存在しない」と宣言した。おそらく、サメたちはそれを挑戦と受け取ったのだろう。 

トレヴァー・ノートン『世にも奇妙な人体実験の歴史』より

当時、人食いザメは熱帯の海にしかおらず、温帯の海水浴場に危険はないと考えられていた。しかし、自然史博物館が愚かにもサメを挑発してしまったがために、宣言のあった1916年の夏、ニュージャージーの海水浴場にホオジロザメが出現して遊泳者の脚に噛み付いたのである。これが『ジョーズ』の元ネタである。全てはここから始まったのだ。

現代に生きる我々は、「サメは空を飛ばないし、宇宙にも行かない」と思い込んでいる。もしこれをサメたちが挑戦と受け取ったならば、彼らが国際宇宙ステーションを壊滅させる日がやって来るかもしれない。サメを甘く見てはいけない。

さて、対サメの自己実験要素も一応紹介しておこう。「生きたまま食われること」というのは、想像を絶する恐怖である。たとえそれが落ちてきたココナッツに当たって死ぬ確率よりも低かろうと、その恐怖は、不時着したパイロットや沈没船から脱出した乗組員の士気を低下させる主な原因であったらしい。そこで、サメを追い払う忌避剤の研究が始まった。ここまで書けば続く展開は想像がつくかと思うが、忌避剤は実際に試してみなければ効果があるのか分からない。サメを追い払えても人体に有害であったり、安全な距離から撃ち込むはずが狡猾なサメが近寄ってこないので至近距離まで近づいたりと、大いなる笑い話と共に実験の内容が綴られている。

彼らが歴史を一歩先へと進めてくれたおかげで、我々は本書の内容を笑いながら読むことができる。現在我々が深刻に捉えている問題も、遠い将来には笑い話になっているのかもしれない。

世にも奇妙な人体実験の歴史 (文春文庫)

世にも奇妙な人体実験の歴史 (文春文庫)