オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ボイス・フロム・ザ・ダークネス』

Voice From the Stone, 90min

監督:エリック・D・ハウエル 出演:エミリア・クラークマートン・ソーカス

★★

概要

住み込み看護師が喋らない少年に口を開かせる話。

短評

完全にホラー映画の舞台と雰囲気なのに一向にホラー的な事が起こらず、終盤急にサイコスリラーになったかと思えば、なんとなく予想していた結末がハッピーエンドとしてまとめられているのがどっぷりホラーな一作である。展開も遅いし、その割にはヴェレーナの心情の変化が唐突だと思うのだが、脱ぎっぷりのよいエミリア・クラークのむっちりとした裸体や、表情筋の構造が気になるレベルの八の字眉毛は楽しめる。

あらすじ

ヴェレーナ(エミリア・クラーク)は住み込みで子供を治療し、治癒すると去るという生活を送る看護師である。彼女が訪れた屋敷の少年ジェイコブは、母マルヴィーナ(カテリーナ・ムリーノ)が亡くなって以来、七ヶ月以上も言葉を発していない。「これは私の専門外では?」と戸惑うヴェレーナだったが、なんとかしようと奮闘する内に、ジェイコブが壁に耳を当てて聞いている声を聞くようになる。

感想

ラストの解釈は乗っ取りということでよいだろうか。マルヴィーナが生前に遺した「私を連れ戻してね」という言葉や終盤の映像を素直に受け取ると、そういうことになるのだろう。父クラウス(マートン・ソーカス)は新しい美人妻を手に入れられて満足だろうが、ジェイコブはどうやって中身が母親だと確信できるのか。と言うよりも、物語的に「これはハッピーエンドな大団円です」と言い切ってしまってよいのか。ヴェレーナの人格はどうなった。

しかし、本作はそう素直に受け取りづらいところのある映画でもある。彫刻家であるクラウスは、「君は妻に似ているから……」と作りかけになっている妻の彫刻のモデルをヴェレーナに依頼する。なんとヌードである。三十郎氏は大変に嬉しいが、看護師が何の躊躇いもなく脱ぐ描写には違和感がある。もっともこれ自体は完全に現実としての描写だが、その際に二人が交わる映像が挿入される。恐らくこちらはヴェレーナの妄想である。そうでなければ、クラウスが「息子喋らないじゃん。もうあんた要らないよ」という話にはならない。彼女を手放す男はいない。ヴェレーナが部屋に戻って自慰に耽っていることからも明らかと言ってよいだろう。

従って、ヴェレーナが乗っ取られる一連のシーン(埋葬含む)も、彼女の妄想か夢と考えられる。乗っ取りではないと考えた場合、頭のイカれたヴェレーナが自分をマルヴィーナだと思い込んでいるか、そうでなくともマルヴィーナとして生きることを選択したという結末になる。そのどちらであっても「じゃあマルヴィーナの遺言とか他のオカルトチックな描写はなんだったんだよ」という話になる。これがハッピーエンドなのか大変に疑問である。結局母親は帰ってきていないのだから、ジェイコブ的にはよくないだろう。

どうして三十郎氏がこんなにも“ハッピーエンド”に引っ掛かっているかと言うと、エンドロールで流れる曲の歌詞が凄くハッピーエンド風なのである。まるで壮大な冒険を経て母子が再び一つになったかのような。いくつかの解釈の余地を残した不気味なエンディングのはずなのに。大変に違和感を覚える。

リリアが既に死んでいるというネタはあまりにも分かりやすかったので、もう少し工夫が欲しかった。あんたが着ろって言った服をヴェレーナが脱がされそうになってるのに何してるんだよ。彼女が食卓にいない時点で十分に察せられるのだから、これほどあからさまな描写を入れるべきではなかった。

終わってみてもホラーなのかミステリーなのかドラマなのかよく分からない映画である。使用人に「採石場で死んだ労働者が云々」とか言わせて無駄にホラー煽りしていたのはなんだったのだろう。

舞台となる屋敷の外壁を覆っている蔓の葉が紅葉し、血を連想させる色になっているのが美しかった。血は流れないけど。

台詞の大半は英語なのだが、エミリア・クラークがイタリア語を話している。とても流暢であったように思う。彼女はドラスク語も話せるし、語学が堪能である。ちなみにエミリアはという名前は、ローマのアエミリウス氏族に由来するそうである。だからイタリア語を話せるというわけではないんだろうけども。

ボイス・フロム・ザ・ダークネス(字幕版)

ボイス・フロム・ザ・ダークネス(字幕版)

  • 発売日: 2019/11/22
  • メディア: Prime Video