オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『人喰い ロックフェラー失踪事件』カール・ホフマン

Savage Harvest: A Tale of Cannibals, Colonialism, and Michael Rockefeller's Tragic Quest for Primitive Art/Carl Hoffman

概要

ロックフェラー家の御曹司がニューギニアで消えた事件を追う話。

感想

おどろおどろしいタイトルと表紙から期待するような事件は起きないルポタージュである。著者のカール・ホフマンは、初回の調査で通訳に頼ったことが誤りだったと考え、インドネシア語を習得した上で一ヶ月間の現地生活を実施している。だからと言って、それだけでアスマット族の本音が聞き出せると考えるのは思い上がりでしかないし、結局物証は何も出てこない。全ては「この世界に人を殺して喰う未開の部族が存在してほしい」という歪んだ願望の上に成り立つ推論に過ぎないように思う。

著者が自分の願望について自覚していることを示す記述があるのに、それでもなお著者自身が批判している西洋的な傲慢さが鼻につく。アスマット族が相手に合わせて嘘をつくことを分かっているはずなのに、どうして自分にだけは心を開いてくれたなどと思えるのだろうか。言語を習得して一ヶ月間生活を共にしたとは言え、カネとモノを与えて“お客さん”として受け入れてもらっているだけなのは明白である。インドやタイで一ヶ月間沈没したからと言って現地の文化を理解できるわけではないだろう。「小さい頃はいじめられっ子だったが、空手を学んで返り討ちにしてやった」というイキリオタクみたいな痛い記述にも現れているように、彼の「自分は他の人とは違う」というナルシシズムが滲み出している。

著者が自分以外の調査者やロックフェラー家の遺族を批判するのも気に食わない。著者は真摯に調査しているつもりかもしれないが、結局は自身の好奇心と経済的利益を充足させるための行為に過ぎない。遺族が溺死として納得することで心の平静を図ろうとしたのに対し、無関係な他人が「どうして言語を習得して現地で調査しないのか。私でもするというのに」と非難するなんて的外れも甚だしい。ニューヨーク州知事は、あなたと違って社会的な責任を負っている。暇じゃないんだよ。

本書の結論にも説得力はあるが、三十郎氏には著者に協力した人類学者の「アスマット族の権力者が自らの権威を高めるためにロックフェラーの死を利用した」という仮説と同程度の説得力に感じられた。物証がない限りは、自身の用意したストーリーに沿った状況証拠を集めているだけなのである。公平な調査を心がけるなら、少なくとも「溺死だった」という立場からの調査も必要だろう。

著者は“事件”そのものではなく“理由”の部分を追求し、アスマット族の文化的背景に対して非常に興味深い考察を加えている。ただし、それもまたロックフェラー殺しと食人があったという前提ありきである。

「人喰い」という言葉はそれだけで目を引くものである。著者はアスマット独自の文化を通じて西洋の傲慢さを炙り出しているが、その行為すら未開の世界の存在を認知することで自分たちの先進性を確認する作業に過ぎない。彼らはどこまでも傲慢なのである。一見アスマットの文化を認めているようで、自分たちと違う生き方を押し付けているだけなのである。潜在意識下の優越感のためには、進歩しない原始的な世界がなくては困るのである。

アスマットの文化についての記述は興味深いものが多い。しかし、それらも全て彼らが「人を喰う」という前提のおかげである。著者も読者も歪んだ願望の上に生きている。異文化の観察から暴かれるのは常に観察者の本性である。それこそ『闇の奥』的な話ではあるが、著者の自己認識が少々ズレている気がする。

人喰い (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズIII-8)

人喰い (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズIII-8)