オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『失くした体』

J'ai perdu mon corps(I Lost My Body), 81min

監督:ジェレミー・クラパン 出演:ハキム・ファリス、ヴィクトワール・デュポワ

★★★

概要

ハエに翻弄される男の話。

短評

フランス映画というのは難解なものである。アニメであっても難解である。そして繊細である。『アダムズ・ファミリー』のThe Thing(和名ハンド)みたいに“手”がカタカタ動いているからといって愉快な話にはならない。また、日本のアニメと違って女の子が可愛くない。

感想

病院から脱走して街を彷徨う“手”と、“手”の持ち主ナウフェルの記憶が交錯していく物語である。タイトル的には“手”が体を失くしたことになるが、物語的にはナウフェルが失くしたものが“手”に象徴されていたように思う。“手”はナウフェルの少年時代の夢であった宇宙飛行士的体験をし(メリー・ポピンズみたいに優雅ではないが傘で空を飛ぶ)、持ち主の元に戻る。切り離された手と腕がスッとくっ付くように見えて、決して元通りにならないショットは秀逸である。

なんとも不思議な映画である。フランス映画らしく色々と分からない点が多いのだが、最も考えさせられたのは「何故“手”なのか」というものである。首を切り落せば人は死ぬので、残りは手か足ということになる(男の場合はもう一つあるが)。足を選ばず、また腕から切り落とさず手首から先ということに、ただ画的に面白いという以上の意味が何かあるのか。画的に面白いから別になくてもいいのだが、楽器を弾いたり人に触れたりする“手”を通じて記憶を辿ることで、人生における触覚の持つ意味のようなものを考えさせられた。

“手”の大冒険は、楽しくも怖い。“手”は地面を“歩いて”見上げるか、棚などの高いところから見下ろすかのどちらかであり、人間の視線とは異なる角度から街を見せてくれる。鳩やネズミ、アリに襲われるというのは“手”サイズならではの恐怖であり、自律して動く手という不気味な存在を感情豊かに見せる緊迫感があった。ラビオリの缶を背負ってヤドカリ化するアイディアが好きである。

三十郎氏の感覚からするとナウフェルの行動は不気味なストーカーそのもので、彼の好意がガブリエルに受け入れられるとは到底思えないのだが、フランスではあれくらい押しが強くて当然なのだろうか。結局ガブリエルにはフラれるわけで、やはり「僕だよ。ピザの配達人だよ」が喜んでもらえると思っちゃう感性は怖い。インターホンで会話するシーンは好きだが、だからと言ってストーカー化してはいけない。

I Lost My Body (Original Motion Picture Soundtrack)

I Lost My Body (Original Motion Picture Soundtrack)

  • 発売日: 2019/11/08
  • メディア: MP3 ダウンロード