オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『運び屋』

The Mule, 116min

監督:クリント・イーストウッド 出演:クリント・イーストウッドブラッドリー・クーパー

★★★

概要

お爺ちゃんがコカインを運ぶ話。

短評

スコセッシやイーストウッドのような映画界を引っ張ってきた巨匠たちが、これまでの集大成だったり人生を振り返ったりする、“終わり”についての映画を撮っているのを見ると、「お別れが近いのかなあ……」と切なくなってしまう。しかしながら、そんな三十郎氏の感傷に反して本人たちはまだまだ現役。イーストウッドは新作『リチャード・ジュエル』の公開が間近に迫っているし、スコセッシも今後の予定が詰まっている。そもそも『グラン・トリノ』の時にも同じことを考えたのに、その後も健在ではないか。まったく元気な爺ちゃんたちである。

あらすじ

オンライン・ショップ化の波に飲まれて園芸事業の廃業を余儀なくされたアール(クリント・イーストウッド)。孫娘ジニー(タイッサ・ファーミガ)の婚約者の友人に、人生で一度も違反切符を切られたことのない運転技術を見込まれ、「いい仕事があるよ」と声を掛けられる。それは麻薬の運び屋であった。

感想

車から降りるのにも「ハー、ハー」と息を吐いてひと苦労のアール翁だが、運転技術は確かなもの。誰もこの老人が大量のコカインを運んでいるなんて想像もしない。老人映画と言うと少し重くなりがちなのだが、状況的にはむしろコミカルという設定が上手く活かされてテンポの良い映画になっている。アール翁はカルテルの監視もどこ吹く風で、タイヤがパンクして立ち往生している人を助けたり、モーテルに女を連れ込んだりとやりたい放題である。

アール翁は、カルテルのボス(アンディ・ガルシア)から“素晴らしい仕事ぶり”を認められ、豪邸でのパーティーに招かれる。パーティーと言えば美女が必須である。プール付きの豪邸では(面積の小さな)水着姿の美女たちが豊満な尻を見せびらかしている。アール翁にも「相手してやって」と美女があてがわれ、生涯現役であるところを見せつけるのだが、「心臓の薬を飲もう」の台詞で爆笑した。いくら元気とは言え、来年90才になるイーストウッドはいつポックリいってもおかしくないわけで、覚悟はしておかねばならぬ。元気過ぎて心臓に負担が掛かるのも心配である。

レズビアンのバイク乗りや、立ち往生する黒人一家との会話が好きである。三十郎氏はポリコレの考え方が行き過ぎだとまでは思わないが、正しさを椅子取りゲームの武器として利用しているだけの現状には辟易することもある。「今はニグロと言わないんですよ」「ああ、そうなの」くらいの緩い和解の姿勢は、不要な対立がなくて素敵に感じる。これもイーストウッドだから許されるだけなんだろうけど。

「仕事なんて二の次でいい。家族が一番大事だ」というメッセージ自体は陳腐とも言えるが、イーストウッドのような格好いい爺ちゃんに言われると素直に聞けるというか、実感が込もっているような気がして、コミカルさで油断していたところで不意に感動させられてしまう。人生で本当に大切なのは、難解な哲学ではなくシンプルな実感なのかもしれない。

カルテルはアールにスマホを持たせているのに、GPSで追跡せず居場所を見失っている。スタッフの誰もイーストウッドに指摘できなかったのだろうか。理解した上で、大したことではないと無視したのだろうか。実際に大したことではない。

ポークサンドが美味しそうだった。お腹減った。

運び屋(字幕版)

運び屋(字幕版)