オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ラブレス』

Нелюбовь(Loveless), 127min

監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ 出演:マリアナスピヴァク、アレクセイ・ロズィン

★★★★

概要

離婚協議中の夫婦の一人息子が失踪する話。

短評

「重い」とか「辛い」を突き抜けて虚無感や恐怖に襲われる戦慄のロシア映画である。「救いがない」というのは、こういうことなのか。もう何が救いなのかすら分からない。反出生主義だ。反出生主義だけが正解なのだ。男は皆結婚する前に『ゴーン・ガール』を観て、それでも結婚してしまったら子供をつくる前に本作を観るべし。

あらすじ

離婚協議中のジェーニャ(マリアナ・スピヴァク)とボリスの夫妻。ある日、ジェーニャが息子アレクセイの担任から「二日続けて登校していない」と連絡を受ける。アレクセイは家におらず、警察に連絡しても「家出でしょ。2~3日で帰ってきますよ」「統計的に7~10日で帰ってくるから」と捜索してもらえない。そこでジェーニャはボランティア団体に協力を依頼する。

感想

恐ろしいまでのアレクセイ不在ぶりである。映画の序盤に、夫妻が“いかに自分を邪魔だと考えているのか”の激しい口論を耳にし(恐らくは何度も繰り返されてきた光景)、声を押し殺して泣く姿以外からは一切彼の気持ちが分からない。分かるのは、この見ていられないまでの“辛さ”だけである。彼は、両親に自分の存在を否定されて消えてしまいたかったのか、それとも子供らしく両親の気を引きたかっただけなのか。単なる家出だったのか、それとも事件に巻き込まれたのか、あるいは自殺したのか。アレクセイの捜索を軸に話が動いているはずなのに、彼の存在がどこにも感じられない。

アレクセイが消えたと思われる日、ジェーニャとボリスはそれぞれの愛人と楽しい逢瀬の真っ最中であった。朝帰りしたジェーニャが学校から連絡を受けて、初めていなくなったことに気付く始末である。いざ捜索が始まってみても、この夫婦の間にアレクセイについての会話が交わされることはない。口を開けばすぐ喧嘩である。捜索には業務的に協力するが、どこまで本気なのかが全く見えてこない。彼らの関心は、消えた息子ではなく彼らの新しい家族にばかり向かっている。アレクセイ本人の人物像も分からないが、両親から見たアレクセイの人物像すら分からない。彼らは捜索に有用な情報を提供することはなく、唯一アレクセイに近づくことができるのは学校の友人への聞き取りである。姿を消した少年が、その過去や存在そのものまでも消されてしまったかのように感じる。

夫妻の行動の節々から、「一応探さなくちゃいけない」と「元々いなければ都合が良かったのに」が乱雑にミックスされたやる気の無さが嫌でも伝わってくる。特に酷いと感じたのは、捜索開始後、二人とも愛人の家に入り浸って、息子が帰ってくる可能性のある家に誰もいない点である。それが義務感であっても「息子を見つけたい」という気持ちがあれば、少しでも可能性を高めるための行動を採るだろうに。

発見された遺体は、果たして本当に別人だったのだろうか。「あの子を手放すつもりはなかった」と慟哭するジェーニャの姿に、僅かながらに残されていた愛の発露を見出すこともできるのかもしれないが、三十郎氏にはどうにも白々しく映り、悲劇に見舞われた母親という役割を演じているようにしか見えなかった。その後、彼らはそれぞれ再婚し新生活を送っているが、一方は子供を邪険に扱い、一方は隣にいるパートナーがいないかのようにスマホの画面ばかりを眺めている。離婚前の生活の再生産である。離婚や子供を失うという経験から何か学ぶものはなかったのだろうか。事件や経験は所詮ノイズに過ぎず、変わり得ない人の本質が帰着する場所は常に同じなのか。

さて、問題は、この人でなし夫婦がどの程度特殊な存在かという点である。人は、自分以外の存在にどれだけの関心を持てるのか。愛という錯覚はいつか冷める。憎むべき存在と化した相手との間に残された負の遺産にどのように対処すべきなのか。義務感以外の動機から行動できる人はいるのか。あるいは、義務感だけが人間社会を支えているのか。

病院で別人の少年が発見された時は、一瞬事件が解決したかのように錯覚してしまった。これは三十郎氏の記憶力が怪しいのが原因だろうが、それほどまでにアレクセイの存在感が薄く、途中からどんな顔の少年だったのかすら忘れかけていたのである。

監督は『裁かれるは善人のみ』のアンドレイ・ズビャギンツェフ。本作も政治や宗教といった社会的背景がモチーフとなっているが、人間ドラマだけを追ってもドスンと強い衝撃と苦すぎる後味が残る。

もし本作に救いがあるとすれば、あの家庭で生き続けるよりは……ということになるのだろうか。これを救いと呼ぶのは、アレクセイが救われたと考える方が気が楽になるこちらの都合のような気がする。

ラブレス(字幕版)

ラブレス(字幕版)