オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ペット 檻の中の乙女』

Pet, 93min

監督:カルロス・トレンス 出演:ドミニク・モナハン、クセニア・ソロ

★★★

概要

ストーカー男とサイコ女の恋の駆け引き。

あらすじ

立場逆転もののスリラー映画。バスで出会った高校時代の(一方的な)知り合いに声を掛けたら「あんたなんか知らない」と返され、ストーカー化した男が相手の女を拉致する。ところが女がとんでもサイコ・キラーで、二人が恋の駆け引き(主導権争い)を楽しむ話である。桃色感漂う邦題やパッケージに対する期待に反して愛の物語である。

感想

主人公のセス(ドミニク・モナハン。彼を見たのは『ロード・オブ・ザ・リング』以来かもしれない)が勤務するのは動物保護施設。そこで使われていない地下室があるのを見つけ、「こいつはいいぞ」と自作の檻を設営して女を連れ込むのであった。彼は獣医でもなんでもない時給9ドルの従業員である。大した知識のない麻酔の効果や量をちゃんと自分の身体で実験してから女に使う辺りが、いじらしくて健気である。これだけの行動力や思い遣りの精神をどうして別の方向に活かせないのか。

セスの想い人はホリー(クセニア・ソロ)。作家志望のウエイトレスで、逞しい腕毛を持つブロンドの美女である(光の加減でモサモサに見えるシーンがある)。変態ストーカー野郎の一方的な被害者かと思われた彼女に裏があったというのが、本作の核である。

SNSを駆使して相手の好みや勤務先を調べ上げ、“Be Mine”という気持ち悪過ぎるメッセージカードを添えた巨大な花束を贈り、最終的に拉致に至るというストーカー展開がミスリードにはなっているのだが、拉致した段階でホリーが幻覚と仲良くお喋りしていることもあり、ヤバい女であることはすぐに分かった。この視点の転換に驚きはない。

では、何が面白いのかと言うと、立場の逆転や共依存的な関係が妙にフェティシズムを喚起するのである。支配欲求と被支配欲求のせめぎ合いがそそる。高校生の頃までは、男はその方が格好いいのだと思って「自分はSだ」と宣言していた三十郎氏は、大学時代に、きっと周囲とは違う変人ぶりたくて「やはりMかもしれん」と思い直した。今はどちらなのかよく分からないし、SMの奥深さを考えると簡単に自分がどちらなのかと言えなくなった。美女を監禁するのは危なくも桃色で素敵だし(だから本作を観たのだろう)、監禁されるというのもまた素敵である。飼いたいし、飼われてみたい。そんなどっちつかずの優柔不断野郎の願望を少し満たしてくれる映画なのである。

檻につけられている鍵がダイヤル式だったので、一つずつ組み合わせを試していけば脱出できるだろうと思ったのだが、そもそもホリーには脱出するつもりなどなく、一貫してセスを試し続けていたのだろう。セスが主導権を握っていたことなど一度もないのだ。嗚呼、メンヘラ女って怖い!

ペット 檻の中の乙女(字幕版)