オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『トンネル 闇に鎖された男』

터널(Tunnel), 126min

監督:キム・ソンフン 出演:ハ・ジョンウ、ペ・ドゥナ

★★★

概要

トンネルが崩落して閉じ込められる話。

短評

手抜き工事が原因で開通一週間後に崩落したトンネルに運悪く居合わせてしまった男の話。決死のサバイバルや救助を描いた感動ドラマというよりも、救出作業にまつわる諸々を皮肉たっぷりに描いた風刺の要素が強い映画である。行政、マスコミ、市民の皆がクソである。

感想

開通一週間で崩落とのいうのも酷ければ、その原因が天災でもなく手抜き工事というのがまた酷い。一件の不正が発覚すると、この勢いなら目立たないとばかりに匿名の証言者が「どこでもやってますよ」と続々現れる辺りにはとっても既視感がある。他にも救助を妨害する傲慢なマスコミや、被害者家族と現場で記念撮影する長官、更になる手抜きの発覚による救助の失敗、そして近くのトンネルの着工のための救出作業の打ち切りといういかにもありえそうなクソ要素が満載である。

その中でも極めつけは市民の反応だろう。やがて救助は諦めムードになり、作業員の死亡事故が発生すると、「どうせ死んでる奴のために生きてる人間が犠牲になる必要はない」という醜く無責任な本音が蔓延する。死亡事故の原因は作業環境にあるのに、死んだ作業員の家族は主人公の妻に「お前のせいで死んだんだ!」と当たり散らすし、娘は幼稚園でイジメられて不登園になる。助かったら奇跡と褒めそやして気持ちよくなりたいだけで、本当は他人の命なんてどうでもよいのだ。この辺りの反応にもどうも既視感があるような気がして少し暗い気分になる。ハリウッド映画だと「最後まで絶対に諦めない」という価値観が(たとえ建前だとしても)当然に共有されているところがあるので、その対比に東アジアらしさを感じる。

それでも本作が悲惨にならないのは、主人公のイ・ジョンスのおかげだろう。彼は良い奴なのである。映画の冒頭では耳の遠いお爺さんのミスを責めることなく許してあげるし、もう一人の被害者ミナ(ナム・ジヒョン)に水をどれくらい分け与えるか迷った末にちゃんと分配するし、唯一の食料だったケーキを食べやがったパグのテンイも見捨てない。どうしても助かって欲しい男と絶望的な状況、そして憎たらしい関係者の対比が、生還後最初の言葉である「お前ら全員クソだ!」を見事に引き立てている。また、彼は絶望的な状況下でも少々呑気なところがある。何か使えるものはないかとトランクを漁り、清掃道具を見つけて座席を拭くシーンはコミカルである。

皆が諦め、救出作業が打ち切られる間際に決死の生存確認を決行した救助隊長キム・テギョンも良い奴である。水が尽きかけているジョンスに対して「尿は無菌です」と勧めたら「お前は飲んだことがあるのか」と返され、その後実際に飲んだ上で「出してからすぐ飲まずに少し冷ますとよい」と的確なアドバイスを送る。人の気持ちを思いやることのできるナイスガイである。マスコミや工事関係者を筆頭に酷すぎる人間(ひいては社会そのもの)が多いだけに、彼のような善人は一際輝きを放つ。

救出を巡る社会的な部分がリアル過ぎて逆に嫌になるのに対して、生存劇の方は割と杜撰である。この辺りはボカしたが、食料はまだしも、どう考えても水が足りない。現場確認用ドローンの電波が届かないのに、電話は通じる(周波数の違い?)。怪我をするシーンがあるので破傷風にならないのかと心配したら音沙汰なし、と所々気になるシーンがあった。

救出作業打ち切りの決定を被害者家族に委ねるというのはありうるのだろうか。本作では追い詰められた妻が非情な決定を下すことを実質的に強要されたが、普通に考えれば家族が「打ち切っても構わない」とはならないはずである。これは然るべき責任者(件の長官)により決定されるべきであり、批判を受け止めることも責任者の仕事だろうに。

映画のラストで妻の運転している車がヒュンダイである。夫はキアのディーラーなのにヒュンダイでいいのか?と思ったら、キアはヒュンダイの傘下らしい。ジョンスの乗っている車はトンネルの崩落にも耐えるタフなボディである。