オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ケープ・フィアー』

Cape Fear, 127min

監督:マーティン・スコセッシ 出演:ロバート・デ・ニーロニック・ノルティ

★★★★

概要

雑な仕事をした弁護士が依頼人に付け回される話。

短評

オリジナル版『恐怖の岬』にもあった暴力と性というスコセッシらしい要素を前面に押し出し、更に宗教の要素を付け加えることで純度の高いスコセッシ映画になったリメイク版。ロバート・ミッチャムも怖かったが、ロバート・デ・ニーロも怖い。

感想

本作のサム・ボーデン(ニック・ノルティ)は一方的に逆恨みされる善良な一市民ではない。マックス・ケイディロバート・デ・ニーロ)の公選弁護を務めた際に被害者に肩入れし、被告人に有利な証拠を隠滅した弁護士倫理にもとる男である。悪質な犯罪の容疑者を弁護する弁護士に対し反感を抱くことはままあるが、彼らはそれが仕事である。司法という存在を守るための必要悪である。

そのような原則を無視して自分を陥れた弁護士をマックスが許すはずもない。悪い奴に対する復讐には更に悪い奴を。本作のマックスは更に凶暴に、更に計算高くなっている。クライマックスの死闘なんてやり過ぎなくらいだが、スコセッシが暴力を扱うなら少なくともあれくらいの生々しさがなくては困る。ミッチャムのマックスは静かに怖かったが、デ・ニーロのマックスは強烈にヤバい。刑務所生活での暴力エピソードも追加され、マックスはいよいよ恐怖の権化に。

ストーリーの流れはオリジナル版とほぼ同じなのだが、本作は序盤の展開が早い。サムは早々に金で買収しようとして傲慢なところを見せるし(しかもオリジナル版よりも安い1万ドルの提示額。物価は上がっているはずなのに)、マックスに挑発されて殴りかかるのも早い。見るからに良い人のグレゴリー・ペックと異なり、ニック・ノルティいけ好かない男なのである。モノクロからカラーになったことで、ネガポジの反転や画面を赤く染める演出を印象的に使用しており、“いるだけの恐怖”よりも強い暴力性を感じさせる映画になっている。

暴力描写もより直接的になった。マックスは前作のダイアンと同じくローリーをバーでナンパする。ローリーはサムの同僚で不倫相手である(サムはやっぱり嫌な奴)。ベッドでローリーと盛り上がったところで、手錠を掛けてのプレイかと思いきや相手を組み伏せて顔の皮膚を噛みちぎる。ダイアン同様にローリーは証言できないのだが、今回は恐怖によるものではない。彼女が法廷に立てばマックスの犯行動機であるサムとの関係に触れることになり、自身の立場やサムの家庭を崩壊させることになるということをマックスは先刻承知である。彼は知性もパワーアップしているのだ。

このままでは「頑張れマックス!くだばれサム!」という事態になりかねない。それでは困る。マックスには偏執的な復讐者でいてもらわなくては。そこで登場するのがサムの家族である。オリジナル版は一枚岩の幸せ家族だったが、サムの不倫がバレて妻のリーとはギクシャクしているし、娘のダニーは両親の喧嘩を見て辟易している。受刑前は文字も読めなかったのに強力な復讐心により高い知性を身に付けたマックスはそこを突く。マックスはダニーに接触を図る。それもかなり性的な形で。もうすぐ16才の少女の口に指をつっこみ、キスをするなんて犯罪的である。いや、犯罪である。

クライマックスのケープ・フィアー川での戦いは、ドシャ降り雨の中で行われることで迫力を増した。ここにもオリジナル版との大きな違いがあり、観客に同情されないサムの活躍の場が奪われ、代わりにダニーが活躍する。ダニーを戸棚に閉じ込めリーとイチャついた後に、「俺の計画はこんなもんじゃないんだよ」とリーを拘束し、先に拘束しておりたサムも引っ張り出して、両親の目の前で娘を犯そうとする(この時、リーが「私はあなたのことを理解してるわ。私を抱いて」と寝取られ要素を出してくるのも素敵)。そこでダニーのファイヤー・アタック!炎上するマックス!しかし、マックスは不死身である。ドロドロに溶けたデ・ニーロの顔は必見。あの凄みと言ったら!怖さと言ったら!

オリジナル版のマックス役ロバート・ミッチャムとサム役グレゴリー・ペックが、それぞれ立場を逆転させて、前者はサムに協力する警察に、後者はマックスを弁護する弁護士になっている。小洒落た演出である。大物俳優をこういう使い方ができるのも大物監督ならではか。サムの友人の警察署長を演じたマーティン・バルサムは裁判長に。

オリジナル版とおなじく“いるだけの恐怖”を煽る演出の中では、独立記念日のパレードの群衆に紛れたマックスが怖かった。一人でいるところよりも、群衆の中にいる一人を見つける方がギョッとする気がするのである。

家政婦に女装して私立探偵を絞め殺したのは、相手に気付かせない意図もあるのだろうが、やはり刑務所生活で目覚めてしまったという理由もあるのだろうか。車の下にコバンザメ状態でくっついてボーデン家を追うところシーンも執念深すぎてヤバい。デ・ニーロ版マックスは恐怖に狂気がミックスされている。

マックスがサムと最初に接触する映画館で、彼はトレードマークの葉巻を燻らせながら一人で大笑いしている。周囲の様子に関係なく大笑いする様は、どうしてもアーサー・フレックを思い出させた。あのアーサーはロバート・デ・ニーロの集合体である。他の出演作にもヒントがあるかもしれない。

なお、本作でも放浪罪は健在であった。

ケープ・フィアー (字幕版)

ケープ・フィアー (字幕版)