オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『羊たちの沈黙』

The Silence of Lambs, 119min

監督:ジョナサン・デミ 出演:アンソニー・ホプキンスジョディ・フォスター

他:アカデミー作品賞、監督賞(ジョナサン・デミ)、主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)、主演女優賞(ジョディ・フォスター)、脚色賞(テッド・タリー)

★★★★★

概要

最凶の安楽椅子探偵の話。

短評

『サイコ』『セブン』に本作を加えたものが、サイコ・スリラーというジャンルにおけるビッグ・スリーではなかろうか。もちろん元祖としての『サイコ』の功績は見逃せないが、本作や『セブン』のヒット受けて製作された無数のB級映画群がジャンル自体を陳腐化させかねないほどの勢いであったことを考えると、その影響力を計り知れない(『セブン』もまた本作の影響が窺えるところがある)。そして、往々にして後発作品が元祖を超えることはない。『セブン』では映像のキレが、本作ではキャラクター造形が他を圧倒している。

感想

何と言っても特筆すべきはレクター博士アンソニー・ホプキンス)である。本作はアカデミー賞の主要五部門と呼ばれる作品賞・監督賞・主演男優賞・主演女優賞・脚色賞(or 脚本賞)を独占しているが、主演二人の演技力なしには成立し得ないアップのカットが多用されている(状況よりも心理に迫るドラマであるためか、他のキャラクターもアップが多い)。真っ直ぐとこちらを見据え、ほとんど瞬きもせず、落ち着き払った様子で、滔々と語り続けるレクター博士のなんと恐ろしいことか。なんと不気味なことか。彼の視線に釘付けにされた観客には逃げ場がない。その残虐性を明らかにする前から彼は明らかにヤバい奴である。

レクター博士は厳重な警備の下に収監されている。聞こえてくる彼に関する噂はいずれもヤバいものばかりだが、移送に際して身体だけでなく顔までも拘束されるという要注意ぶりがその危険性をよく表している。しかし、彼は紳士である。隣室のミグスのオイタを許さず(本作を初めて観たときの三十郎氏はあれが精液であると分からないウブな少年であった)、彼をなじり殺す程の良識の持ち主である。クラリスジョディ・フォスター)との会話では一貫して紳士性を維持している。それなのに怖い。これは一体どういうことか。

その怖さは映画全体にも影響している。本作のプロットは、FBIの研修生クラリスレクター博士の助力を得てバッファロー・ビル事件を解決するというものである。つまり、バッファロー・ビル事件の方が本筋であるはずである。しかし、この本筋の方は半分くらいどうでもよかったりする。それくらいにレクター博士クラリスの対話が印象的で、本来は助演クラスであるはずのレクター博士が映画全体を支配している。本人が登場しないシーンでもその影に怯え、全て彼の手のひらで踊らされている気分である。

本作の価値を決定づけているのレクター博士であることに疑いの余地はないが、三十郎氏が「半分くらいどうでもよい」と切って捨てたバッファロー・ビル事件もちゃんと面白い。女性を拉致して3日生かし、射殺して皮を剥ぎ川に沈めるというおぞましい行動様式の本質を探っていく。それに付随する検死をはじめとしたグロテスクなシーンが、静謐に恐ろしいレクター博士との上手い対比になっている。

タイトルが『羊たちの沈黙』であることからも、クラリスの記憶の中の子羊たちが泣き止んだハッピーエンドのはずなのに、悠々と立ち去るレクター博士のせいで何とも後味が悪い。しかし、この映画を観れば彼を恐れると同時にファンにもなっている。そんなわけで、その後味の悪さが妙に心地よいという奇妙な感触を味わうことができる。