オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『博士と私の危険な関係』

Augustine, 102min

監督:アリス・ウィノクール 出演:ソーコ、ロクサヌ・デュラン

★★★

概要

医者と患者が一線を越える話。

あらすじ

桃色感漂う邦題とパッケージ写真に嘘偽りなく桃色なフランス映画である。給仕中に痙攣しながら倒れたメイドのオーギュスティーヌ(ソーコ)は、右目が麻痺して開かなくなり病院に行く。すると入院させられて、シャルコー博士が彼女の治療を試みたことから二人の奇妙な関係がはじまるのである。ちなみに実話だそうである。

感想

最初に倒れるところから既に桃色である。オーギュスティーヌは苦しんでいるはずなのに、その喘ぎ声はやたらと艶めかしい。これは三十郎の桃色フィルターがそう聞こえさせているだけだろうかと疑問に思うものの、その後の展開でそうではないことが判明する。

シャルコー博士はオーギュスティーヌの症状を紹介するために、彼女を講義をつれて行く。催眠術で痙攣を誘発させると、彼女は聴衆の前で倒れ、痙攣しながら自分の股間を弄る。聴衆は拍手喝采である。診察のためにオーギュスティーヌを全裸にして身体に線を引くシーンでは、彼女の肉付きが強烈に生々しい。絶妙なプニプニ感である。最終的に二人は一線を越えるし、全編を通して桃色な映画である。

ここで翻って、本作における“性”の役割を考えてみる必要がある。さすがに女性監督の映画で、講義の聴衆や三十郎氏のような助平親父を満足させるためだけということはあるまい。19才になっても訪れない初潮や抑圧、依存といったヒントは提示されているが、精神医学に詳しくない三十郎氏にはピンと来なかった。

シャルコー博士の研究に対して、モーパッサンが「女は皆生まれたときからヒステリー」と論評している。これは何でもかんでもヒステリー発作の症状に当てはめてしまう彼の研究が、女性=ヒステリーという社会的イメージを形成しているという批判と解してよいのだろうか。

結局二人の関係はどういうものだったのだろう。まず発作という症状があり、そこに診察や治療が介入することで依存が生まれる。発作が病気でないとすれば、女性という存在を男性が社会的に規定することで利用していると言えそうである。抑圧から解放されたオーギュスティーヌが去っていくというラストもフェミニズム感がある。

ビョーク的なアンニュイ美女のオーギュスティーヌの他にも、シャルコー博士の美熟女妻コンスタンス(キアラ・マストロヤンニ)や、オーギュスティーヌの従姉妹(だったと思う)ロザリー(ロクサヌ・デュラン)と美人揃いで目の保養になる。インタビュー的なカットが挿入される病院の患者たちの中にも美人が混じっていた。

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