オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『マトリックス リローデッド』

The Matrix Reloaded, 138min

監督:ウォシャウスキー兄弟(当時) 出演:キアヌ・リーブスキャリー=アン・モス

★★★★

概要

マトリックスの正体が明らかになる話。

短評

実はよく分かっていなかった前作から更に難解になり本当に分からなくなる続編である。今では解釈を読んだことがあるのでどういうことかなのかくらいは理解できるし、ラストに向けて張られていた伏線に気付くこともできるが、初見のときは完全にチンプンカンプンであった。「この爺さん何言ってんだ……」である。正直なところ、今なお彼の発言を聞くだけでは何を話しているのかさっぱり分からない。

感想

本作は公開自体が事件であった。大ヒット映画の続編を二作に分けて半年おきに公開する。続編が製作されること自体も大きな話題を呼んだし、更にその公開形式も話題を呼んだ。もちろん当時の三十郎氏も大興奮でマトリックス旋風に乗っかっていた。映画というよりも現象であった。どうしても公開日の初回上映で観たかった三十郎氏は、「今日は腹痛で……」と仮病を使って部活動をサボったものである。翌日、同級生に「お腹大丈夫?」と心配されてバツの悪い思いした記憶がある。

モーフィアス軍団とエージェントとの戦いだった前作から大きく飛躍し、マトリックスの世界はその奥行を明らかにする。生命力の漲るザイオン、増殖するスミス、救世主の役割、そしてマトリックスの正体。後半の二つはよく分からず、当時の三十郎氏と友人たちは覚えたての言葉を使って「つまりは実存主義的なんだよ」と分かった風を装っていた気がする。どの辺りの実存がどの辺りの本質に先立っていたのだろう。誰が言い出したんだ。しかし、今なら分かる。どういうことかなんて無視して映画の世界で起きていることを受け入れようとしたに違いない。つまりサメ映画とは、実存主義を表現したものだったのだ。

話はよく分からなかったが、予算の大幅な増加を受けて迫力を増したアクション・シーンは三十郎氏を興奮の坩堝に放り込んだ。映画の撮影のために道路を建設するなんてどういうスケールだよ。ハリウッドは狂っている。自前の道路まで造ってしまったカーチェイスが面白くないはずがない。ド迫力である。特にトリニティがドゥカティのどデカいバイクを操る姿が強烈に格好いい。「バイクに乗るならトライアンフ」と心に決めている三十郎氏がドゥカティ派になりかけたが、「ドゥカティのバイクはトリニティのような女性の後ろに乗せてもらうのがよい」とこれまた無意味かつ不毛な決心をするのであった。前作で好評だった波打つガラスの後継とも言えるアコーディオン・トラックも面白い。

大規模なアクション以外に格闘シーンにも進歩が見られる。キアヌ・リーブスが更にカンフーに習熟し、スタッフが更にワイヤーの操演技術を向上させている。少しぎこちなさのあったワイヤーアクションが滑らかになり(特に吹っ飛ぶシーン)、キアヌが次々と繰り出す技もネオの覚醒に従って滑らかになっている。メロビンジアン邸で複数を相手に戦うシーンの美しさと言ったら!

覚醒したネオは強くなり過ぎて、無限に増殖するスミスと一人で戦う。100人スミスというアイディアは、それ自体が斬新であったし、彼の性質を説明するための表現としても非常に優れている。一方で、人間をフルCGで描き戦わせているシーンは、質感が一昔前のものという印象である。そして冷静に見ると、後ろの方でアワアワしながら順番待ちしているスミスが可愛らしい。

新しいキャラクターたちが存在感を発揮する一方で、前作では武道の達人であり且つ賢人といった雰囲気を漂わせていたモーフィアスが明らかに太っていたのはちょっと残念。きっとネオが貢ぎ物をおすそ分けし過ぎたのだろう。彼は、日本刀を用いた戦いという新たな一面を披露するが、それ以上に目立っていたのは膨らんだ腹と上手くなった演説技術である。

初見では理解不能だったアーキテクトとの会話も意味が分かると、映画の世界を拡張してくれる。ただ、ストーリーの表面を追うだけでは話について行けなくなってしまったのは残念なところである。前作では「プリミティブ」だの「原体験」だのと偉そうに講釈を垂れていた三十郎氏も、やはり「お勉強が必要かなあ……」と悩むのである。