オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『悪魔祓い、聖なる儀式』

Liberami, 93min

監督:フェデリカ・ディ・ジャコモ

★★

概要

悪魔祓いのドキュメンタリー。

短評

実際の悪魔祓いの様子が収められているという意味では大変に興味深いが、劇的な展開があるわけでもなく、その含意までは掴み切れなかったので、割と退屈である。

感想

ナレーションによる説明無しで、ひたすら関係者を映し続けている。悪魔に憑依された人が『エクソシスト』のように四つん這いで獣のように唸ったり、フラフラと倒れ込むのに対して、エクソシストのカタルド神父は淡々と聖書の言葉を読み上げながら、ピシャピシャと聖水を浴びせる。我々が映画で見るような“対決”の雰囲気はない。

そもそも三十郎氏は神も悪魔も信じていない。悪魔憑きも映画の中の設定として楽しんでいる。本作に登場する人々はどこまで本気なのだろうか。「子どもが乱暴な言葉を使うんです」という日常レベルのお悩み相談に対して「悪魔は家庭に入り込み、一番弱い子どもを狙う。両親の信仰が弱いからいけない」と返すのは、本気で言っているとは思えない。三十郎氏に言わせれば強引な勧誘文句である。

彼らの“儀式”は、理屈による説明が可能だろう。悪魔に取り憑かれていると思い込んでいる人が実際に憑依されているかのような行動を取るのは、映画やその他諸々のイメージが事前に刷り込まれていることの影響が推測される(劇中でも「まるで漫画だ」と表現される)。そこに悪魔祓いを施すことで、悪魔が離れていったと思い込むこともまた事前の刷り込みの影響だろう。

一連の流れを精神病治療と捉えれば、それで救われる人がいるのなら良いことだと考えることもできる。しかし、その一方で、悪魔祓いが現実の行為であると主張することで、悪魔の実在を信じて精神を病む人も生まれかねない。一長一短である。

取り憑かれている人の行動が滑稽過ぎるシーンもあるので、モキュメンタリーと言われても驚かない内容である。「レロレロレロレロ~」みたいに意味不明な言葉を発しているところは笑える。最も笑えるのは、カタルド神父が電話越しに悪魔祓いをしているシーンである。そんなのでいいのか。適当過ぎるだろ。

悪霊に取り憑かれていると信じるチンピラ青年がコカインを吸引するシーンがあるのだが、これは撮られても構わないのか。登場人物があまりにカメラを意識していないシーンが多いところもモキュメンタリー感がある。