オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『スター・トレックII カーンの逆襲』

Star Trek II: The Wrath of Khan, 113min

監督:ニコラス・メイヤー 出演:ウィリアム・シャトナーレナード・ニモイ

★★

概要

カークが旧敵の襲撃を受ける話。

短評

ろくに景色も見なければ、どこにも立ち寄らない宇宙的ロード・ムービーだった前作から一転して、活劇的展開を見せ退屈さがマシになったシリーズ二作目。今度はちゃんと敵がいる。今ひとつ迫力に欠ける戦闘シーンもある。激ショボの格闘シーンまである。全体的にスローテンポなのは相変わらずである。

感想

前作では権力を濫用してエンタープライズ号を乗っ取ったカークが、後任の艦長を育成する教官の座に収まっている。ところが、いざ実際に航行するとなれば、老害仲間に唆されて「やっぱり艦長は俺しかいない!」と艦長の椅子に座るのであった。実戦で使える艦長を育成できていないのなら教官失格である。名選手が名監督とは限らない。「司令部の命を受けて今から指揮を執る」なんて言っているが、自分がスポックと話して決めただけではないか。司令部はこの男をとっとと適当なところに天下らせて権力の濫用を防ぐべきである。

カークはこのように独善的な男なので、過去に相当な恨みを買っているらしい。その相手が本作の悪役カーンである(名前がカークと紛らわしい)。カーンは人を操る虫を利用してジェネシスなる超兵器(?)を入手し、地球の脅威となるものの、カークへの恨みを晴らすことを優先して返り討ちに遭うというのが本作の筋である。人間は感情的なのである。

そんな感情的な人間たちとは対称的に、理性を重んじるバルカン人のスポック。彼の合理性の捉え方が興味深い。彼は論理的に思考した結果として自己犠牲を選択する。本来、自己犠牲というのは合理性を凌駕する感情による行動なのである。一人の命を犠牲にして多数を救うという選択は確かに合理的に思えるが、我々ホモ・エコノミクス的な合理的思考を展開すれば別の結果となるだろう。スポックの選択はグループの利潤を最大化できるが、本人にとっての利潤はゼロである。状況に対して合理的であっても、彼本人にとっては合理的でない。彼のモットーである論理的であることが合理的であることと一致しないのは、基準となる出発点が違うのだろうか。

彼が見せる中指と薬指の間を広げるポーズを真似してみたが、左手しかできなかった。三十郎氏は右利きなのに。右手は小指がソロを演じたがっていけない。

宇宙船からビームが発射される描写もあるものの、ダメージの表現は司令室で爆発が起こるというものが多かった。相変わらずの密室劇である。そのくせ、カークは艦を放棄して自ら調査に乗り込んだりする。部下に任せるということができない上司である。

wrathを逆襲と訳したのスター・ウォーズのパクリだろう。やはりスター・ウォーズの方が格上なのである。