オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』

Raiders of the Lost Ark, 115min

監督:スティーヴン・スピルバーグ 出演:ハリソン・フォードカレン・アレン

★★★★★

概要

モーセ十戒を収めた聖櫃を探す話。

短評

森見登美彦をつくった100作』のNo.24。本作単体ではなくシリーズでの紹介である。登美彦氏は本シリーズを次のように紹介している。

第二作「魔宮の伝説」などはグロテスクな場面が多くて、ちゃんと観ることができるようになったのはオトナになってからです。とはいえ子ども心に「娯楽映画」のイメージを植え付けたシリーズであることはたしかです。しかし今あらためて見返すと、そのハチャメチャぶりに驚きますね。 

河出書房新社編集部『総特集 森見登美彦: 作家は机上で冒険する!』より

ハムナプトラ』や『トゥームレイダー』、『ナショナル・トレジャー』のような後発作品がいくつ現れようとも、冒険者のアイコンとして君臨し続けるインディ・ジョーンズ。子どもの頃にも彼に憧れたし、今観ても改めて憧れる。罠だらけのダンジョンや妖しいお宝、原住民にオカルトといった冒険映画のロマンに必要な要素は全て本作に詰まっている。

感想

何故本作が冒険映画の頂点に君臨し続けているのか。後年に制作された作品の方が技術的には優れたものが作れるはずである。CGの進歩はダンジョンの仕掛けやアクションシーンを派手にしてくれても冒険の本質的な魅力を向上させるものではないことは、皮肉にもシリーズ4作目が証明している。

セットの背景を緻密なCGによって魅力的に描くことも可能だろう。それらも本物のセットを超えられないのは、冒険という行為のアナログ感によるものなのかもしれない。何でもリアルな偽物を作れてしまうCGは、お宝のような眉唾ものと存在とは相性が悪い。リアル過ぎるのである。お宝や冒険なんてそもそも胡散臭いものである。リアルな世界における胡散臭い存在よりも、そもそも胡散臭い世界における胡散臭い存在の方が“ある”と信じられる。ロマンというのはそういうものだ。世界のどこか未知のお宝が眠っている。世界が狭くなっていく中で、それを信じさせてくれるのはある種の胡散臭さなのかもしれない。

では、CGに頼らず本作の要素を余さず盛り込めば最高の冒険映画が作れるのかと言えばそうではない。結局のところ、インディアナ・ジョーンズというキャラクターの魅力こそが本作の核なのである。帽子も鞭も格好いい。いたずらっぽさが隠しきれないスーツ姿も格好いい。女子学生が両まぶたに“LOVE”“YOU”と書いて求愛するのも無理はない。ハリソン・フォードは特段演技が上手い俳優というわけでもないのに、ハリウッド史上屈指の当たり役の多さである。ハン・ソロデッカードにジャック・ライアン。スター性が凄いとしか言い様がない。

ジョーンズ博士はヘビが苦手だが、三十郎氏はクモの方が苦手である(もちろんヘビも苦手である)。こうした動物や昆虫の生々しさが胡散臭い世界に現実感を与えてくれる。気持ち悪さや怖さの手触りが現実の世界と繋いでくれる。

CGを否定するようなことを書いたが、本作の特殊効果は魅力的である。聖櫃を開けたナチ党員たちが、溶けたり、爆発する様子は『スキャナーズ』の如きおぞましさである。もちろん作り物と分かるのだが、これにもやはり生々しさがある。

生身のスタントも素晴らしい。ジョーンズ博士が鞭を利用してセルフ引き回しの刑をするシーンは迫力満点。冒険のワクワクとアクションのドキドキでハチャメチャである。

マリオン(カレン・アレン)は何度も拐われてピーチ姫のようだった。彼女のような女性とお酒が飲めたらとても楽しいことだろう。三十郎氏はすぐに潰されてしまいそうだが。