オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『暗闇坂の人喰いの木』島田荘司

概要

大きな楠の木の下で人が殺される話。

感想

森見登美彦をつくった100作』のNo.30。登美彦氏は本書を次のように紹介している。

文庫本の厚さに心惹かれて買ったら、あまりの熱量に圧倒されました。ものすごく怖くて、読み終えたあとは悪夢にうなされました。これがきっかけになって島田荘司氏の他の作品、そして「新本格」と呼ばれる人たちの作品を読むようになったはず。 

河出書房新社編集部『総特集 森見登美彦: 作家は机上で冒険する!』より

登美彦氏は本作を「ものすごく怖い」と評しているが、三十郎氏に怖さは感じられなかった。第一の原因は想像力の欠如なのだろうが、第二の原因は作品の構造である。

御手洗という探偵が事件を解決し、石岡という友人が文章にする。いわゆるホームズ―ワトソンの関係である。 この石岡が「怖い、怖い」「全ては大楠のせいに違いない」なんて言っているのだが、彼は探偵役ではないので間違っているに決まっているのである。そもそも木が人を喰らうというオカルト要素が信じ難い上に、それが間違いだと補強されてしまうので、木に対する恐怖を感じることはなかった。

ミステリーとオカルトは相性が良い。理屈では説明のつかなさそうなことを理屈で説明すれば、探偵役の凄さが際立つ。きっとそれは読者にとって、また作者にとっても快感を伴う行為のはずである。しかしながら、本作ではそのオカルトの部分が理屈で説明されたとは言えない。事件とオカルトを結び付ける箇所は“偶然”の要素で片付けられてしまっている。オカルトが恐怖を感じさせてくれず、また綺麗に説明されることもないとなれば、ホラーとしてもミステリーとしても不満が残る。

キャラクターや文章についても魅力的に感じなかった。石岡の文章は事件に繋がらない無関係の描写が多い上に、それ自体が面白いとも感じられない箇所がある。イギリスの田園風景が素晴らしさの説明なんかは完全に不要だろう。

御手洗のキャラクターもステレオタイプな変人且つ天才が何かともったいぶっているようにしか思えなかった。その割には行きあたりばったりだったり、論点のすり替えをするのもいただけない。「J・Pって誰だろう?」と訊く石岡に即答しても、御手洗が凄いのではなく石岡が阿呆にしか見えない。御手洗と石岡の関係は、ホームズとワトソン以上にゲイ的であった。

人気シリーズのようだが、他の作品に手を出してみたいとは思えなかった。『占星術殺人事件』は傑作と名高いらしいので気になっていたのだが。

疑問が二つ。「巨人の家」にあった巨大なクッションは説明されただろうか。エピローグに「夫は変人で気まぐれ」という描写があるが、規則正しい生活を送っているという周囲の理解と矛盾しないか。

人物の行動についても、八千代が自分が死ぬリスクがあると判明した方法を再び採用する展開には無理がないか。レオナを生かすためのご都合主義としか思えない。血を絶やすのが目的ならば、順番に呼び出すだけでよかっただろう。母親なのだからそれくらいは可能なはず。

死体の扱いが酷いのでジェイムズ・ペインばかりが猟奇性であると語られるが、「人を殺していけないけど、殺したいから殺す」タイプよりも、「殺さねばならん」という間違った信念に基づくタイプの方が、動機の面では猟奇的はないかと思う。自分の猟奇性を自覚せず、木のせいにしようというのだから尚更である。

暗闇坂の人喰いの木 (講談社文庫)

暗闇坂の人喰いの木 (講談社文庫)