オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『俺たちは天使じゃない』

We're No Angels, 106min

監督:ニール・ジョーダン 出演:ロバート・デ・ニーロショーン・ペン

★★★

概要

脱獄囚が神父のふりをする話。

短評

ニール・ジョーダン監督作品。全ての作品をチェックしているわけではないが、他の作品とは雰囲気が違う印象である。ロバート・デ・ニーロショーン・ペンのダブル主演で、デ・ニーロはコメディのときのいつもの演技、ショーン・ペンは近年の強面役とは異なり可愛らしいような間抜けなような印象である。若く美しいデミ・ムーアが、娘を養うために5ドルで男と寝る女を演じている(本作の舞台となっている1935年の5ドルは現在の90ドル強だとか)。

あらすじ

殺人犯のボビーとともに脱獄したネッド(ロバート・デ・ニーロ)とジム(ショーン・ペン)の二人。二人は重犯罪者ではない小者である。身分を神父だと偽っていたら、本物の神父に本物の神父だと勘違いされる。二人は引き続き神父のふりをしつつ国境越えを目指すのであった。

感想

ネッドとジムの二人はケチな犯罪者であり(その割には廃工場のようなやたら迫力のある重犯罪者専用のような刑務所に収監されている。)、機転を利かせて窮地を切り抜けるわけではない。脱獄自体もボビーに巻き込まれただけだし、神父を装うことにしたのも偶然、神父だと認められるのはもっと偶然である。強面のネッドはどこからどう見ても神父ではない。騙す彼らが面白いのではなく、騙される住人たちが面白い。

舞台となる国境沿いの街には著名な神父が派遣される予定だった。二人と出会った地元のレヴェスク神父は「ああ、あなたたちがブラウン神父とライリー神父ですね」と勝手に勘違いしてくれる。著名な神父の肩書を手に入れれば、たとえ著書の写真とは別人でも「断食したから」という言い訳が通るし、祈りの場で適当な言葉を並べても好意的に解釈してもらえる。「何を言うかよりも誰が言うかが大事」だなんて思っていると、こういうことになる。

二人に騙される若き修道僧を演じるジョン・C・ライリーがなんとも間抜けで、盗んだ服についていた洗濯バサミを意味のあるものだと真似したり、二人が刑務所の支給品の靴を脱ぎ捨てれば自分も裸足になったり。彼のとぼけっぷりが本作で一番のお気に入りである。間抜けな男だからといって憎めないところもまた良い。

住人たちが勝手に騙される姿が面白かったので、信仰に目覚めたジムがそれらしい説教をするところはイマイチ。最後まで新聞の文言をそれっぽく言う程度に留めてほしかった。そうするとカタルシスが得られないという問題はあるが。

俺たちは天使じゃない (字幕版)