オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『フィレンツェ、メディチ家の至宝 ウフィツィ美術館』

Firenze e gli Uffizi(Florence and the Uffizi Gallery), 96min

監督:ルカ・ヴィオット

★★

概要

フィレンツェの美術品を紹介するドキュメンタリー。

短評

三十郎氏はフィレンツェを訪れたことがあるので、懐かしさを感じながら本作を観た。嗚呼、ここ行ったなあ。これ見たなあ。それはそれでそれなりに楽しいのだが、フィレンツェに行く前に本作を観て予習する方が楽しかったのではないかとも思う。もっとも三十郎氏がフィレンツェを訪れたのは本作が製作されるよりもずっと前のことなので、無理な話ではあるが。

感想

美術鑑賞には教養が必要である。前提となる知識がなければ、三十郎氏のように「綺麗だなあ」と阿呆面で眺めるだけで終わってしまう(何か考えているような表情を装うことはできる)。ちょうど三十郎氏が映画を「楽しい!」「つまらん!」の二つの言葉だけで単なる娯楽として消費してしまうようなものである。

教養が必要なことは理解しているが、必要な知識があまりにも多岐に渡るため、どこから手を付けてよいのか分からん。三十郎氏は美術をよく分からんものだと決めつけ、「綺麗だなあ」と消費することを選んだ。どこかで書いたような話である。

よく分からんものではあるが、解説してもらうとそれなりに分かって楽しい。しかし、解説にもよく分からんところが出てきて、やっぱりよく分からんとなるのである。本作をきっかけに少し勉強してみようとは思わず、「ラングドン教授の映画が観たいな」と思うあたりが三十郎氏の限界である。

本作は劇場公開時には3Dで上映されたそうである。どんな風に見えたのだろう。テレビの画面で見ると、映画というよりはドキュメンタリー番組である。

ここから先は思い出話である。

本作にも最初に登場するフィレンツェの象徴、ドゥオーモ。ドゥオーモとはドームのことで、正確にはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂という名を持つ。ドームを二重構造にすることで、支えを使わず建築したのが特徴だそうである。

フィレンツェにドゥオーモより大きな建物はない。道に迷ったときはドゥオーモを基準にすればよい。ドゥオーモ内部の階段を登れば、フィレンツェを一望することができる。観光客の三十郎氏は当然良い景色を見ようと階段を登る。しかし、この階段がなかなか厄介なのである。

外も見えない螺旋階段が延々と続く。長い。あまりにも長い。当時は健脚を誇っていた三十郎氏も、上に着く頃には息も絶え絶えである。苦労した末の景色はどうだったか。確かに美しい。しかし、その美しさを噛みしめるよりも、息を整えるのに必死であった。

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お次はウフィツィ美術館。ウフィツィというのはイタリア語でオフィスの意味である。かつては行政庁舎としても使われていたそうである。ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』を見て、「教科書に載ってるやつだ!」と感動した場所である。

しかし、三十郎氏には収蔵されている美術品よりも、入場するために並んだ行列が印象に残っている。ウフィツィ美術館は人気である。予約もできるらしいが、当時の三十郎氏はそんなことは知らず正攻法で並んだ。行列はとても長い。アカデミア美術館とピッティ宮殿には行ったからパスしてもいいのではないかという疑念が頭をもたげるが、スタンプラリー的観光客である三十郎氏に最も有名な場所をパスする選択肢はない。

行列に並ぶのは暇なので、余計なことをはじめる。大抵の場合、周囲を見渡して美女を探し、目の保養をはじめる。ここはイタリア、ヨーロッパである。美女がたくさんいる。三十郎氏は白人の美女に弱い。その中でもとりわけ鮮烈に美しい女性がいた。彼女は赤のロングコートを着ていた。それはもう完璧に着こなしていた。顔は小さく、背はスラッと高い。背筋もピンと伸びている。

日本に生きている三十郎氏が、ロングコートを着こなしている人を見ることは決して多くない。着こなすよりも着られている人が大半である。一歩間違えば春先の変質者である。かつて三十郎氏も同じ間違いを犯し、二度とロングコートは買わないと誓ったものである。ところが、その女性は非の打ち所のない出で立ちである。それも赤色である。なんと堂々としていることか。まるでモデルではないか。三十郎氏は人種的敗北感に打ちひしがれると同時に興奮した。

美術館は展示されている美術品に留まらず、建物そのものが芸術である。彼女のような来場客であれば、彼女のいる風景もまた芸術となりうる。三十郎氏は埃である。

最後に彫刻について。アカデミア美術館でダヴィデ像を見た感想は「デカい!」である。東大寺で阿吽の金剛力士像を見たときにも「デカい!」と思った。本やPCの画面で見ただけは伝わらない原始的な感動である。現物を見るのはいい経験になる。

本作にはダヴィデ像の他に広場に設置されている彫刻も登場する。ネプチューンペルセウスの写真があったので載せておこう。編集で色がめちゃくちゃになっている辺りから、RAW現像という言葉すら知らなかった時代の写真であることが分かる。

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彼らはどうしてこんなにも堂々としていられるのだろうか。前を隠したくはならないのだろうか。立派な肉体に比して、あまり立派だとは言いづらい。だいたいどうしてペルセウスは全裸でメドゥーサと戦っているのか。