オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『ゴジラ FINAL WARS』

Godzilla: Final Wars, 125min

監督:北村龍平 出演:松岡昌宏菊川怜

★★

概要

マトリックスしたい監督と怪獣オールスターしたい東宝の戦い。

短評

ゴジラ生誕50周年記念のシリーズ第28作。ミレニアムシリーズの最終作である。怪獣も宇宙人も謎兵器も人間チームも全部載せのバカ映画。シリーズの変わり種としてなら愛すべきバカ映画として受け入れることもできるだろうが、これがシリーズ最終作というのはなんだかなあ……。

感想

宇宙人が怪獣を操って地球侵略を試みる。怪獣たちをゴジラが倒す。昭和ゴジラでよく見た展開である。昭和ゴジラと違うのは、人間たちが怪獣そっちのけで戦っていて、そちらに力を入れている点である。おかげで、ゴジラの戦闘シーンはとてもあっさりしている。登場怪獣も多いので、一つ一つの戦いは雑以外の何ものでもない。

オマージュの範疇を超えて『マトリックス』をパクっている。監督はどうしてもマトリックスみたいな映画を撮りたかったのだろう。とにかくスタイリッシュに見せたいらしいということだけは伝わってくる。しかし、これがどうにもダサいのである。公開当時はこれが格好よかったのかと言えば、きっとそれは違う。本作が公開された2004年には既にマトリックス三部作は完結している。マトリックスは今観ても格好いい。このダサさと陳腐さは何なのだろう。日曜朝の特撮に特有の文化なのだろうか。

スタイリッシュに見せたい病は人間だけでなく怪獣にも伝染している。怪獣たちは走るし、跳ぶ。巨大なものの動きが軽いと駄目なのは、当ブログでは再三に渡って主張している通りである。

シドニーにエメリッヒ版のゴジラが現れる。ゴジラとは別種のものだとバカにしているが、CGの質が低すぎて、これもまた“本家”とは別物になっている。バカにされるべきはどちらだろう。

地球防衛軍とは名ばかりの日本人軍団を見ていると、昨今のポリコレによる多人種登用は正しいのかなと感じる。

125分というのは映画としては特別長いわけではないのだが、ゴジラ映画としては珍しい長さである。おまけに脈絡のない話が行ったり来たりするせいで、とても長く感じた。

およそ一ヶ月半に及んだゴジララソンから三十郎氏は三つのことを学んだ。

一つは、自分がそこまでゴジラを好きではないという事実である。全作品を観た上で改めて振り返ると、とても楽しんだとは言い難い。中には苦痛に感じるものもあった。三十郎氏が好きなのは、ハリウッドの最新技術を駆使した迫力に満ちた映像であって、ゴジラというキャラクターそのものではなかったのだ。

一つは、ゴジラ映画のストーリーは基本的に酷いということ。『キング・オブ・モンスターズ』の感想を読んでいると、「ストーリーなんてどうでもいいんだ。これがゴジラ映画に求められているものなんだ」というような意見が散見された。三十郎氏はストーリーがどうでもよいとは思わないが、そう考える人がいるのも納得できるようになった。シリーズのファンであるほど話の拙さには慣れているのだろう。『キング・オブ・モンスターズ』は怒涛の勢いがあるだけ他と比べれば出来が良いくらいである。

最後に、「これがゴジラだ!」と言えるような確固としたゴジラ像など存在しないということ。ゴジラの見た目や性格はシリーズによって大きく異なるし、シリーズの中でも作品によって一定しない。初代が作り上げた理念も決して一貫していない。確固としたゴジラ像がないということは、逆に「これはゴジラではない」という間違いもないのである。ゴジラとの出会い方やその後の付き合い方は人それぞれである。自分の中のゴジラ像と違うということが往々にして起こりうるだろうが、「これもまたゴジラなのだ」と鷹揚に構えて楽しむのがよろしい。

ゴジラ FINAL WARS

ゴジラ FINAL WARS