オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『たべるのがおそい vol.2』書肆侃侃房

概要

妻が出奔する話。

短評

小説と翻訳と短歌を中心にした文学ムック 

わたしたちは誰もが重力というものに支配されています。 
「たべるのがおそい」は、その重力を少し弱めてみたいと思っています。 
読んでいるあいだ、少し動きやすく、歩きやすい、 
それがこの一風変わったタイトルの文学誌の目標です。  

文学ムック たべるのがおそい 公式サイトより

という目的を掲げたムックだそうである。「せかせかと生き急がずともよいではないか。ゆっくりと人生を楽しみなされ」ということなのだろうか。残念ながらその思いが多くの読者へ届くことはなかったらしく、第7号をもって終刊している。ちなみに三十郎氏はたべるのがはやい。

さて、本題に入ろう。言うまでもなく三十郎氏のお目当ては森見登美彦氏の短編『チーズかまぼこの妖精』である。どういう話なのか知りたければ、氏のブログを読まれるのがよろしい。

あらすじ

小説家の妻が「じつはわたくしはチーズかまぼこの妖精であったのです」と言い残して飛び立つ話である。執筆に行き詰まる小説家と、その妻、国会図書館といかにも登美彦氏的である。浦本探偵や野良アルパカのノラパカまで登場する。なんともすっとぼけた短編である。

感想

ところでチーズかまぼこって何だ?チーかまという名前は耳にしたことがあるものの、三十郎氏は食べたことがない。木の板にピンクと白の魚練が乗ったあの蒲鉾にチーズを練り込んだチーズ味の蒲鉾なのか。それともピンクと白とは別に第三の層としてチーズの層が入っているのか。調べてみるとそのどちらでもないらしい。かまぼことは名ばかりで、魚肉ソーセージ的な形状をしているようだ。作中にチーズかまぼこの味を説明するような描写はなく、チーズかまぼこの味を知っていることを前提として書かれた文章のようである。

これは是非とも食べてみねばならん。三十郎氏はスーパーへ走った。チーズかまぼことの出会いを持ち前の吝嗇で失敗に終わらせないため、スーパーのPB品よりも40円も高い丸大食品のものを買うお大尽的行動を発動した。

聖徳太子聖武天皇も飲んだというありがたいレシピのコーラではないが、作中の描写に倣ってコーラと共に食す。三十郎氏はペプシに敵意を持たないが、森見ワールドのコーラはコカ・コーラでなくてはならん気がする。ペットボトルであってもいけない気がする。赤い缶を放り投げてペンギンをつくりたい気持ちに駆られるも、三十郎氏はおねえさんではないのでやめておいた。

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かまぼこと名につく割にかまぼこ感はない。魚肉ソーセージよりもプリっと感が強いような気がする。チーズはチープなチーズの味である。何と言うべきか、食べたこともないくせに懐かしい味とでも言いたくなる味である。これがチーズかまぼこか。かまぼこでもなく、魚肉ソーセージでもない。チーズかまぼこという独立した存在なのか。それならばチーズかまぼこの妖精がいるのも納得である。かまぼこの妖精に兼務はできない。クローゼットに備蓄しておきたくなるほどではないし、たまに無性に食べたくなる味でもない。それなりの美味しさである。500mlのコーラは多すぎて飽きたので、途中から謎の液体を注いで楽しんだ。

津村記久子の『私たちの数字の内訳』は、女性の人間関係はこうして成り立っているのかと勉強になった。もっとも女性に限った話ではなく、男の三十郎氏にも思い当たる節がある。なんと鋭い視点の持ち主だろうか。『20の短編小説』に掲載されていた作品も面白かったし、長編も読んでみたい。

三十郎氏は短歌をまるで解さないし、特集企画である共作もいまいち読み方が分からなかった。「普通の小説」という形式に囚われているなぁと反省するものの、登美彦氏の作品は楽しめたので目的は達せられたのである。三十郎氏個人の目的は達成されたものの、ムックの目的である重力を弱めるには至っていない。

文学ムック たべるのがおそい vol.2

文学ムック たべるのがおそい vol.2