オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。

『WISH I WAS HERE 僕らのいる場所』

Wish I Was Here, 106min

★★

あらすじ

学費を払えない無職の父親がホームスクーリングする話。

感想

ホームスクールで家族との絆を深め、学校では学べないことを学ぶ話などと考えるのは早計である。子どもが学校から離れて学んだであろうことは、学校に通いながらでも学べる。地区で最悪の公立学校に通わせたくないという親のエゴに振り回される子どもが気の毒でならない。最悪の学校よりも酷い教育を受けさせてどうする。自分は夢を追っているのに、そのせいで子どもの夢は可能性が潰えたら責任を取れるのか。

主人公のエイダン(ザック・ブラフ)は役者志望の無職である。家計を支えるのは妻のサラ(ケイト・ハドソン)。彼は、子どもに対して教師役を演じることもできず、ディーラーの一人を騙す演技力もない。セクハラ野郎に凄んでみるも相手は全く怯まない。彼に演技は無理である。彼の夢を健気に支える妻の美談にしてはいけない。

エイダンはダメ男のくせに弟のノアに対しては偉そうに説教を垂れる。弟のノアもまた、マイリー・サイラスクソリプを送ることを日課とし、隣のコスプレ美女(アシュリー・グリーン)と交わることを夢見るニートである。しかし、ノアはコスプレ美女との悲願を遂げる。コミコンで格好よくコスプレを決めて見事にコスプレ美女を落としてみせる。コスプレ凄いな。

一家が和解し、一つにまとまったいい話風の大団円だが、エイダンの父ゲイブの死に際して感傷的になっただけである。エイダンもノアも、彼らを育てたゲイブも決して褒められた大人ではない。サラの強さだけが際立っている。

それもこれも監督・主演・脚本を一人の男が務めていると聞けば納得がいく。自分の生き方を肯定したいだけだろう。恐らくそれは本人も理解していて、自慰行為を父親に見つかるシーンがある。

主人公一家はユダヤ教徒である。シェイテルという珍しい文化が紹介される。ユダヤ教徒の既婚女性は髪を剃りウィッグをつけるそうである。夫以外の男を魅了しないためだとか。『Vフォー・ヴェンデッタ』でナタリー・ポートマンが坊主頭になったのも意外と抵抗はなかったのかもしれない。

足腰の弱ったラビが室内でもセグウェイを使って移動している。そんな使い方もあるのかと感心した。