オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『裁き』

Court, 115min

監督:チャイタニヤ・タームハネー 出演:ヴィーラー・サーティダル、ヴィヴェーク・ゴーンバル

★★★

概要

「死ね」と歌えば教唆に問われるか。

あらすじ

歌うが踊らないインド映画。事件の発端となるのは歌である。とある下水清掃人が死ぬ。彼の死の数日前、偶然にも彼の家の前で次のような歌を歌ったとされる男カンブレがいる(カンブレは歌手というよりも歌を用いた活動家である)。「下水清掃人は尊厳のために自死せよ」

感想

導入部分だけを見れば「表現の自由」についての映画なのかと思うが、実際はより重層的である。インド社会自体へと疑問が向けられているように感じた。映画自体は面白いものの、本作を理解するにはインドの社会や文化に対する知識が不可欠である。言うまでもなく三十郎氏には足りていないものである。

そもそも何故「下水清掃人は自死せよ」などという酷いことを歌ったのか。下水清掃人という職業は、どうやら特定の下層カーストのみに割り当てられたものであるらしい。この危険な職業に対する抗議の意図があるのかもしれないし、他の意図があるのかもしれない。

検察は植民地時代や100年以上前の法律を持ち出しカンブレを糾弾する。それに対し馬鹿げていると弁護士が反論する。この辺りに、カーストをはじめとする旧態依然としたインド社会の歪みを批判する意図が込められているのではないかと思う。

映画は、法廷のシーンと判事・検察・弁護士の日常シーンとに分けられる。被告人カンブレの姿はほとんど映らない。法曹たちの日常シーンは事件とはほとんど関係のないものである。事件の当事者不在のままで裁判や物語が進んでいくことに違和感を覚える。

冒頭に記したように、本作の理解にはインド社会の知識が不可欠であり、我が身に置き換えて考えたり一般化することは難しいかもしれない。しかしながら、社会や制度の歪みと個人の関係というのは普遍性を持つテーマであり、考えさせられる映画である。

裁き(字幕版)

裁き(字幕版)