オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』

I, Daniel Blake, 100min

監督:ケン・ローチ 出演:デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ

他:パルム・ドール

★★★★

概要

制度が人を殺す話。

あらすじ

第69回パルム・ドール受賞作。心臓発作を起こして休職中のダニエル・ブレイクが、役所をたらい回しにされている内に命を落とす話である。

感想

複雑怪奇な制度と、アナログ世代には辛いネット上のみ手続きに阻まれ、ダニエルは本来受け取るべき給付を受け取ることが出来ない。役人の仕事というのは、いかにして給付をしないで済ませるからしい。

人の心を持たぬ役人のお役所仕事こそが問題なのかというと、そうではない。彼らはある意味でお役所仕事を強いられている。現場の持つ資源は有限である。一人一人に手厚く対応しようとすれば、対応可能な人数が減ってしまう。対応できる人数を増やそうとすれば、お役所仕事にならざるを得ないジレンマがある。日本では「水際作戦」と呼ばれる不条理の正体は、ここにある。

助けてくれない役所と対称的に描かれるのが、隣人との相互扶助である。ダニエルは自身も苦境にある中で、シングルマザーのケイティに手を差し伸べる。ケイティの娘デイジーも「前に助けてもらったから、今度は私が助けないと」と助け合いの精神を語る。ダニエルの隣に住む黒人青年もPCの操作を手伝ってくれるなど、ダニエルに力を貸す。しかし、隣人の相互扶助には限界がある。皆持たざる者であり、他人を助けられるほどの経済的な余裕はない。

人間が人間として真っ当に生きようとすればお金が必要である。病気や失業等の諸事情により稼げないのであれば、政府の補助が必要となる。政府が財源を確保しようとすれば、課税が必要となる。課税を強化しようとすれば、持てる者たちはきっと「努力した者が報われない社会でいいのか」と言うだろう。しかし、自分が裕福な生活を送ることだけに報われたと感じるのは、貧困な発想ではないか。

ダニエルは政府の補助に頼り切って生活してきたような弱者ではない。経験豊富で有能な大工が、突然病魔に襲われ働くことができなくなった。「自分は大丈夫。自分は行政に頼ることなんてない。自分は弱者ではない」と思っている人だって、いつ苦境に陥るか分からない。

渡されたばかりの缶詰を思わずその場で食べてしまう程ひもじい思いをした人は多くない。そんな自分が嫌になる惨めな思いをした人もまた多くはいない。しかし本作を観て、そんな人がいても自分の知ったことではないと思うようなら、お役所仕事よりも人の心がない。