オーガナザイズド

三十郎氏は映画とカメラと旅について語りたい。なお、実態はほぼ映画である。

『パシフィック・リム:アップライジング』

Pacific Rim: Uprising, 110min

監督:スティーヴン・S・デナイト 出演:ジョン・ボイエガスコット・イーストウッド

★★

概要

巨大ロボットで怪獣と戦う話。

短評

どうしてこうなった。前作『パシフィック・リム』は間違いなく心躍る怪作だった。ガンダムマクロスエヴァも、全てのロボットアニメを過去のものにした(エヴァがロボットではないという点は、一度、そして無期限に脇へ置いておく)。実写とCGでこれだけのものが創れるのなら、アニメという媒体でロボットを描く必要はなくなった。監督の交代という不安要素はあった。しかし、ここまで駄目になってしまうとは思いもよらなかった。

感想

主要な登場人物を子どもにしたのは構わない。アマーラがメアリー・スー化しているのも我慢する。客層としてメインターゲットとなるべき少年少女への訴求を狙ったのだろう。

自動化された量産機が人間を襲うという使い古された展開も構わない。自動化に成功すれば人間のキャラクターはお役御免。そんな映画を誰が観る。ニュートが怪獣に乗っ取られる展開は好きですらある。

日中の明るい場所での戦いが増えてCGの粗が目立つのも構わない。夜間の戦いの方が粗が目立たない上、発光部や爆発の炎も映えるというのは目を瞑ってもいい(量産機が基地を襲うシーンが見事にそれを思い出させてくれる)。『キングコング:髑髏島の巨神』で日中の戦いが良かったのは、コングは光らないし爆発もしないからである。

そんなことは全て些細な問題である。では、問題は何か。重さは何処へ消えた?

巨大な怪獣に巨大なロボットをもって対抗するというのがイェーガーのコンセプトだったはず。ズシンズシンとした緩慢な動きにこそ重量感があり、巨大な構造物への畏怖を感じさせた。巨大な物にはそれに相応しい重さが必要である。それがなければただの大きな風船である。それが本作ではどうだ。イェーガーは走り回るし、ピョンピョンと跳ねる。次作があれば翼が生えて空を飛ぶに違いない。重さを失ったイェーガーは最早巨大ロボットではない。小さな子どもがミニチュア模型をジオラマの中で暴れさせているに過ぎない。

オッサンの中に眠る少年を目覚めさせたイェーガーは死んだ。文字通り子ども向けの映画になった。子どもが楽しんだのかどうかは知らない。期待とのギャップは2018年公開の映画ではトップである。